ー不死身でも楽なもんじゃねぇなー
「俺は召使いじゃねーよ?お嬢様。」
草食動物に似た頭を持つ俺は評判の良くない資産家の娘のボディーガードをしていた。
不死身、異能持ち、怪力。それでも大変な毎日。
俺は強く何て無い。無双なんてもんじゃない。だけど、負けるわけにはいかない。
俺には、守るべき人がいるのだから。
The beginning
かちゃん、と甲高い音がする。皿の上にはまだ残された料理がある。さっきまで料理に手をつけていた少女は、椅子に座りながら俺を見上げてこう言った。
「今日の料理は口に合わなかったのです。エヴィル、これをさっさとどっかに捨ててください。」
エヴィル、それが俺の名だ。残された料理を見て俺は『無い』眉をひそめて言った。
「俺は召使いじゃねーよ?お嬢様。しかもこんなにも残して・・こっちもお父様からアンタが食べ残しをしないように監視していろと言われたんでな。俺自身も食べ物を残すのは見ていてあまり愉快じゃない。」
「私のボディーガードのくせに随分偉そうな口を聞くのですね?」
ふん。と言って少女は目の前の料理に再び手をつける・・わけではなく、椅子を降りて一目散に逃げ出した。あわてて後を追う。
「おいてめェ!ほうれん草が出てきたからって逃げ出すんじゃねーよクソガキ!!」
「私はクソガキでは無いのです!!エリス・メルチという美しい名前と容姿を持っているのです!この骨頭!」
そう、俺は人間ではない。草食動物の頭蓋骨に似た頭を持ち、不死身の体を持つ化け物、エヴィル。それが俺だ。不死身という異能を買われ、このクソガキ、もといエリスの専属ボディーガードになった。大体はエリスが変なことしないか見てるだけという、ボディーガードというよりお守りと言ったほうが似合いそうな仕事ばかりだ。
やっとこさ捕まえると、俺はエリスの襟首を掴んで引きずる。
「っ・・!ほうれん草を食べるぐらいならどんな罰でも受けるのです!だから離して!」
「バカ野郎!てめえみたいなボンボンに出されるぐらいだからどうせ最高級のモン使ってあんだろ!残さず感謝を忘れず食いやがれ!」
あーん、と猫のような鳴き声を残してエリスが連行される。俺は溜息をつきながら居場所があることだけは感謝しなきゃな、と思うのだった。
荷物持ち
今日も今日でボディーガードである。俺はエヴィル。植物動物の頭蓋骨に似た頭を持つ不死身の化け物で、実は物質を移動させるという異能まで持っているボディーガードだ。
で、その化け物は今、たくさんの荷物に苦戦している。先程、俺は物質を移動させるという異能を紹介したが、その能力は目視できる距離までしか移動できないほか、触れないと物体は移動させられない、自分及び他の人間は移動できないなど、不便な能力なのだ。
「落とさないで下さいよ。壊れやすい物もあるんですから。」
目の前で呑気にアイスクリームを食べている少女はエリス・メルチ、あまり評判のよくない資産家にして俺の雇い主の愛娘だ。年は十一、十二ほど。この娘を見てると評判の良くない理由が分かる気がする。食べものに対する敬意が足りないのもその一つだが、何より、無神経すぎる。この少女はよく誘拐の危機や命の危機にさらされる。それは彼女が悪いわけではなく、親への身代金目的だったり復讐のためだったりするのだが、よく生きてこられたな、と彼女の小さな背中を見て思う。おそらく、歴代のボディーガード達が有能な人間だったのだろう。なんて思うのは、例のごとく、後ろから殺気を感じるからである。しかも俺に向かって。俺の頭は街中ではよく目立つが、エリスの姿を見ると、何かを察したように去っていく。だが、殺気を感じることはあまりない。別に、ナイフで刺されることが怖いわけではない、何しろ不死身だし、痛覚もないのか痛くないし、何より怖いのは刺されたときの揺れで荷物を落とすことである。紙袋の中は年頃の少女らしく、服がほとんどだ。ほとんど超高級ブランドだが。もし落とせばクドクド後で怒られるのは目に見えている。この場合言い訳しても聞いてくれないのが厄介だ。なので俺は、どこか店を探す。店の中ではあまり派手な動きはしないだろうし、作戦も考えられる。
「あー、エリス、ちょっと休まないか?俺は平気だけどお前は疲れたろ?アイスも食べおわったっぽいし、何より喉乾いただろ?あそこでジュースでも飲むか?
俺はカフェを指さす。エリスは何か疑うような目でこっちを見たが、怪しむことは何もないと感じたのか、カフェへと方向転換した。さすがに店内では襲ってこないだろう。カフェへ入り、ジュースを頼む、何か察したような目で去っていくウェイターを見送ると、先程の男が俺達の近くへ座った。ここで襲ってくれればいいのに、と思う。そしたら何の罪もなくこの男を制圧できるのに。まあ、不死身の俺を付け狙ってる時点でズブの素人だろう。ちゃんとリサーチしてきたプロなら真っ直ぐエリスを狙ってくるだろう。
俺はジュースと一緒にウェイターが運んできた冷水の入ったコップを手に持つ。これでいつでも俺はアイツに冷水をかけることができる。冷水というのは、暴力的ではなく人の感情をクールダウンさせられるから便利だ。
ぷふー、とエリスが大きく息を吐き出す。どうやら飲み終わったようだが、テーブルには新しくパンケーキが載っている。エリスが勝手に頼んだのだろう。まあ、ちょうどティータイムだしな。と思っていると、男は料理を頼んだらしく、ナイフとフォークがテーブルに置かれる。ここは茶菓子だけじゃなくて料理も出すのか、と俺が呑気なことを考えていると男が待っていたようにナイフを握り、こちらに血走った目を向ける。だが、エリス自身は全く気づかず、パンケーキに夢中になっている。ナイフがギラリといやな反射をする。そしてナイフは俺の『予想どおり』エリスの白い首に迫る。そして。
ビリビリ、という音だけが響く部屋。そこには、膨れっ面のエリスとメイドが買った物の封を開けていた。(ちなみに、エリスは乱暴に紙を破っておりメイドは丁寧に紙を取り外してはたたんでいる。)
「そんなに許されないことですか、お召し物を濡らされたぐらいで。」
メイドが微笑みながら聞くと、
「有り得ないのです!!!主人の服を濡らすなんて!せっかくおしゃれしてたのに!!」
「エヴィル様も悪気はなかったそうですし、なによりお嬢様を守るためだったんでしょ?それなら・・」
「ガードマンはもっとスマートにするべきなのです!水で動きを止めるなんて・・・そのせいでパンケーキもだめになったし・・バカ!!あほーーー!!!!」
ふふふ、と微笑みながらメイドはドアの方を見る。その向こう側には、問題のガードマンがいた。
失敗した、完全に失敗した。襲撃者を制圧するのには成功したが、その課程でエリスの服をびしょびしょにしてしまった。もちろんショッピングは中止。エリスはぷんすか、という感じで怒っていた。ガードマン失格、とまではいかないが、詰めを甘くした結果だ。反省しよう。と、思って、ふと顔を上げると、杖をついた若い男がいた。いや、若いように見えるその男は俺と目が合うと
「やあやあ親愛なるガードマン君よくもうちの娘を悲しませたねいくらうちの娘を守るためでももう少しスマートにできなかったのかないやその前にもう少し君が警戒していればよかっただろ全く何でこんなヤツに僕は大事な娘を預けたんだこれが僕の人生唯一のミスだよ全く」
「もう少し落ち着いて話せよ、メルチ。」
そう、この男は強引にしてあくどい方法で一代で財をなした、メルチ財閥社長にしてエリスの父親、リーガン・メルチ氏その人、そして、俺の雇い主である。見た目はとても若く、とても十一、十二歳の娘がいるようには見えない。
「で、久しぶりに君の元に来てみたらねぇ・・ガッカリしたよ?君を信用してたのに。」
口ぶりとは裏腹にニコニコしながら話すリーガン。
「わーったよ。今回は俺が悪かった。で、アンタは何をしに来たんだ?家に帰ってくるなんて久し振りだろう?」
この男はかなり多忙だったはずだ。
「娘の成長を見にね。たまにはいいだろう?父親なんだから。」
「・・・・一つ質問していいか?」
「なんだい?給料なら充分にあるだろう?もっとも、君は本にしか使わないけどね。」
「給料の相談なんてしねーよ。言っても意味無いだろ?何せ、もうお前にお前の財閥のは実権ないんだから。今お前の会社の実権を握ってる奴は知らないが、まあ、ポール・ジオかヘンドリクスあたりだろ。」
「その二人のどちらかが僕を失脚させたというのかい?」
肩をすくめてリーガンが答える。
「いや?お前ならそんなヘマはしない。しかも俺が挙げた奴等はお前の狂信者だろ?お前はもっと別の、いや、もういいか。死んでんだろ?お前。」
リーガンの笑顔が一瞬だけ凍り付く。だがすぐに悪戯っ子のような表情になると
「参ったな、君にばれるとは、いつばれたんだい?」
「メイドの一人が俺に話したんだよ。この前久し振りにお前が帰ってきてたらしいが、妙だと思ったよ。あのころはお前の会社も大変だったろ?そっからいろいろ調べたが・・・あんたが死んだなんて情報はつかめなかった。だけどお前のことだ。金かなんか握らせて揉み消したんだろ?もちろんそれじゃなく、お前の『お抱え』ヒットマンに脅させて。お前が誰かに殺られたのか、それ以外か・・もはやどうでもいいけどな。お前はいつ死んでもおかしくないような奴だったし。ま、メイドの中に見えるヤツがいたコトの方がびっくりだが。」
リーガンは、そっか。と寂しそうな顔を浮かべると、ドアの方向に首だけ向けた。中からは、
『そういえばこの前お父様がいらっしゃいましたよ。』
『え!パパが!?なんで教えてくれなかったのですか!』
という会話が聞こえる。メルチは、
「あの子にバラすかい?」
とだけ聞いた
「さあな。バラす時が来たらバラす。で、あんたはどうすんだ?いつまでここにいるんだ。」
「僕はこの家を出ることができないんだ。地縛霊みたいなものだよ。だからといって地獄に行くのはいやだしね、まあエリスが死ぬまで・・っていうのもいやだし、彼女が大人になるまでかな?それから地獄にでもどこにでも行こう。」
「そーかよ。」
それから、コツン、と杖の音が、聞こえたと思うとメルチの姿が消えていた。
がちゃり、とドアが開く。そこにはメイドの女性が微笑みながら立っていた。
「お嬢様が手伝ってほしいことがあるようですよ。」
ね、とメイドがエリスに言うと、エリスはそっぽを向いてしまった。俺は部屋の中に入る。
俺は一瞬振り返ったが―――
「?どうしたのですか、エヴィル。」
エリスが不思議そうに俺を見ていた。
「いや、なんでもない。で、何すればいいんだ?」
初めての投稿となります。どうかよろしく御願いします!