7 天智天皇、天武天皇、持統天皇と藤原氏のこと
さてそれでは話を戻すとしましょうか。
私「あっと、そうだ。ついでに『天上の虹』関連で、天智天皇、天武天皇、持統天皇の話に行ってみようか」
K「唐突だな。というか、なんでその話になるんだ。一応話の主旨って恋愛観じゃなかったか」
私「恋愛観のほうじゃなくて、倫理の話になるのかな。う~んと、結婚観というか?」
K「疑問形かよ。それにしても倫理って言葉を使われると少し違和感というかな」
私「そう? 道徳観念の話になるから、おかしくないでしょ」
K「……いや、また話が明後日の方向に逸れそうだから、軌道修正してくれ」
私は「フム」と少し考えた。まあ、倫理なんて言葉を使って道徳論をかますのも悪くはないけど、もともとは不倫に関する話からここに来たわけだ。それじゃあ、もともとの飛鳥時代の、特に皇族の結婚観について話すことにしよう。
私「それじゃあ、なるべく話を逸らさずに話すけど、いま挙げた三人の関係ってどうなっているか覚えている?」
K「えっと、確か天智天皇と天武天皇が兄弟で、天智天皇と持統天皇が親子、それで天武天皇と持統天皇が夫婦だったよな」
私「そう、大正解。ところでさ、これを現在に照らし合わせると、まずいよねえ」
K「……現在に照らし合わせるなよ。まあ、確かに叔父と姪の結婚だもんな。まずいっちゃまずいか」
私「だけどね、この時代の皇族の結婚事情ってこれだけじゃあ済まないなんだよね」
K「何が?」
私「叔父と姪だけじゃなくて、いとこやきょうだい婚が続出していたんだからね」
K「……よく知っているよな」
私「それは里中満智子先生のおかげよ。あれに相関図を書き込んでくれていたから、解りやすかったわ」
K「本当にお前って漫画好きだよな」
私「悪い? でもねえ、本当にぐちゃぐちゃよ。有力な豪族と婚姻関係を結んで力を強くしようとしたのでしょうけど、姉妹で嫁いでいたとか、その子供同士が婚姻だとか、それからまた孫同士がなんてあったしさ。私の友人にも自分の子供と孫が年齢の逆転があったりしたけど、あんだけぐちゃぐちゃしていたら、そんなのも当たり前でしょうね。大体母親が違えばきょうだいで結婚が出来たというのも、すごいわよね」
K「確かに現代だったら即アウトだな」
二人して「フウ~」と息を吐き出した。
私「これが平安時代まで続くわけでしょう。こんだけ近親婚を繰り返していれば、体が弱くなったり変に頭がいい人や、逆におかしい人も出てくるわけよね」
K「ん? 平安時代?」
私「あのね、藤原氏のことよ。道長のころの系図、習ったわよね」
K「あー、あれか。……って、よく考えたら怖っ!」
私「いや、そこ。私が言っといてなんだけど、現代に当てはめて想像しないの」
K「……お前って」
私「まあまあ。あっ、そうだ、ついでの話をしていい?」
K「また、逸れるのか」
私「逸らすつもりはないけど、でも関係がなくもない話。えーとさ、全国に藤原不比等の子孫って一杯いるわけじゃない」
K「藤原不比等? なんで個人名を?」
私「だって、藤原の姓は不比等の子孫だけしか名乗れなかったわけでしょう」
K「そうなのか?」
私「えーと、里中満智子先生だけでなく長岡良子先生も作品に書いていたから、確かよ。もともと『藤原』は不比等の父親の中臣鎌足に賜わった苗字なのよ。それを中臣の一族も『藤原』を名乗ってしまってね。まあ、鎌足が亡くなった時に、不比等はまだ成人前の子供だったもの。一族の決定に抗うことは出来なかったんでしょ」
またもガクリとするK。
K「お前って漫画知識ばっかか?」
私「そんなわけじゃないけど、でも印象には残っているのよね。それにね、不比等って父親が鎌足ではなかったという説もあるじゃない」
K「そうだっけ?」
私「うん。不比等の母親は天智天皇の妻の一人だったのね。ほら、小説でもあるでしょ。褒美として臣下に寵妃を下賜するというものが。鎌足もそれで妻に迎えたようだけど、その時に子供を宿していたとしてもおかしくないよね」
K「まあ、そういう場合もあるかな」
私「それでね、不比等は何かの褒賞として『藤原』を名乗れるのを、自分の子孫だけに限定することを願いでて、それが受け入れられたのよ。この自分の子孫限定にした理由が、『本当の父親である天智天皇から賜わった苗字だから』としたら、納得できるんじゃない?」
Kは腕を組んでう~んと唸った。
K「確かにそうかもな。天皇家の血が入った特別なものと思っていたのなら、自分の子孫限定にしてもおかしくないだろう」
私「あとねえ、ついでにもう一つおまけの話をしていい?」
K「なんだ?」
私「全国にある『藤』がつく苗字って、すべて藤原氏の系流だったわよね」
K「けいりゅう? どの字だ?」
私「系統の系に某流の流」
K「系と流れる方の流だな、了解。それで藤原氏がどうしたって?」
私「高校の時にクラスメイトに遠藤って子がいたんだけどさ、その子がある時こんなことを言ったのよ。『マッチと私は親戚なの!』って。マッチはアイドルの近藤真彦のことね。それでよーく話を聞いたらさ、この藤原氏のことから親戚と言い出したんだよ。確かにさ、授業で習っていたよ。藤原氏を名乗るものが増えすぎて、誰が誰だかわからなくなったから、苗字を変えたというのは。えーと、確か『近江』に赴任した藤原氏が『近藤』と名乗って、『遠江』に赴任した藤原氏が『遠藤』と名乗ったと、聞いたのよ。だからってさ、この事を理由に、マッチのことを近い親戚扱いするんじゃねえよ」
K「……お~い、言葉使いが悪くなってるぞー。それで、そいつってそんなに嫌な奴だったのか」
私「別にー。言っていることとやっていることが全然かみ合ってないひきょー者のことなんか、どうでもいいんだけど」
K「それにしちゃあ怒っているだろ、お前」
私「だってさ、実際は血の繋がりがない場合が多いのに、それをさも血が繋がってますと、事実のように言うからさ。ちゃんと授業を聞いていろよな」
K「だから、言葉。……ん? 血のつながりがない?」
私「そうだよ。改名した人たちって、実際は藤原氏に仕えて有能だったり当主に認められる働きをしたりした人に、藤原の姓を名乗ることを許された人たちが多かったのよ。まあ、中には傍流の娘と結婚したり、本当に下働きなんかに手を付けて生まれた身分的に低い子供も含まれたようだけど」
K「……」
黙って私のことを凝視するKに訝し気な視線を向ける私。
私「なによ」
K「だから、何でお前はそんな無駄に詳しい知識を持っているんだよ。普通忘れんだろ」
私「私だって覚えていたくないけど、遠藤の発言が痛すぎて忘れられなくなったのよ。仕方がないじゃない」
K「それならもっと受験に有益なことを覚えればよかっただろう」
私「無茶言うな! そんなんが出来ていれば、高校を受験する時から学校を考えていたわよ。どうしてだか関係ないようなことばかりに、発揮されたのよ。どうしようもないじゃない!」
Kは深々とため息を吐き出した。
K「それって、結局は舞が何に興味があるかで、決まったんだよな。本当になんてもったいない記憶力なんだか……」
しみじみと言われたけど……私だってそう思うけど……。
だって、しょうがないじゃないかー!