5 話は飛んで信長のこと…ではなくて平安貴族の恋愛事情へ
しばらくの間、Kのことをものさしで叩こうとする私と、クッションでガードするKとの攻防が続きました。
K「おい、いい加減にしろよ。叩くのをやめないと、もう話は聞かないぞ!」
私「え~、それは嫌だ。まだ語りつくしていないもの」
私はそういうとものさしを置いてあったところに戻しました。
K「現金なやつ。というか、まだ話すのかよ」
私「もち! あ~、そうそう、さっきのママ友のことだけど、私がその後のことを知らないのには理由があるのよ。子供がさ、入った小学校が違ったのよ。だから幼稚園を卒園した後は、会う機会は無くなったのね。それに他の人から聞いたけど、彼女はあのマンションを出てどこかに引っ越したんだって。あれから連絡もなかったし、いまはどうしているか知らないのよ」
K「舞から連絡はしないのか」
私「私から? なんで」
K「なんでって……気にならないのか」
私「いや、だって、今更でしょう。もう10年は経っているもの。それじゃあ、横に逸れた話をもとに戻しますか」
K「横に逸れたって……じゃあ今までの話はなんだよ」
私「えっと、余談?」
K「余談って……」
なんだろう。Kはがっくりと肩を落として疲れたような雰囲気を出してきたんだけど? そんなに疲れるようなことを言ったかな? まあいいや。それでは、本題に行きますか。
私「まあまあ。それでさあ、さっき思ったことってさ、全然違うことなんだよね」
K「違うって……それじゃあ何に唸っていたんだよ」
私「だってさ、50歳って信長の時代ではそこまで生きれるかどうかだったじゃない。信長がよく舞ったという、平家物語のあれ。えーと、『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり~』というやつ。敦盛の最後だったわよね、もとは。確か意味は『人の世の五十年の歳月は下天の一日にしかあたらない、夢幻のようなものだ』でしょう。現代って当時の平均寿命から「人の一生は五十年に過ぎない」という意味に、間違って説明されることがあるじゃない。なんかさ、信長が『50歳』という歳を越したいがために、この舞を舞っていたみたいに言う、歴史家がいるじゃない。間違ってんじゃないわよ! って思わない? あっ、ちなみにさ、平家物語では「化天」と書いてあって、信長が舞謡ったのは「下天」なんだよね。「化天」というのは六欲天の第五位のことで、「下天」は最下位の世のことなのよ。ここでの一昼夜が人間界の五十年に当たると、信長は変えて謡っていたんだよ。そういえばどっかのアニメで見たけど信長のことを『第六天魔王』と呼んでいたわよね。私もなんでそう言われたのか分からなかったけど、この間敦盛のことを調べた時に『人間五十年』から「下天」のことも調べたから、それで知ったのよ。いや~、奥が深いわね~」
たっぷり30秒くらいたってからKが「はあ~?」と言った。
私「あっ、違うか。こっちの話ではなくて、昔の寿命ってね、江戸時代でも普通は30代まで生きれればいいところで、40過ぎれば長生きだったでしょう。そうなると早く結婚して子供を産もうになるよね」
K「おい、待て。また思考がぶっ飛んでるだろ。信長のうんちくから話が飛び過ぎだ。それになんか言葉が足りないから。わかるように話せ」
私「別に思考を飛ばしてないわよ。でもそうね、言葉が足りなかったのは認めるわ。私が言いたかったのは恋愛観の話よ。石田氏が言っている『ある種の古い家庭観や道徳観みたいなもの』ってさ、いつごろからあるものだと思う?」
K「それって『アラフォー以上の女性が不倫すると世間から袋叩き』にかかるのか」
私「そうだけど、違う。不倫はいけないことだというやつ。これってさ、時代で変わるよね」
K「そうか? なんかずっとそうだった気がするけど」
私「甘い。認識が甘いわよ。歴史を紐解けば不倫についての考えが変わるわよ。そうねえ、わかりやすいのは平安時代よね。題材としては源氏物語かな。で、源氏物語はどこまでわかるの」
K「舞から『あさきゆめみし』を借りて読んだくらいだ」
私「ならOK。平安時代の貴族って通い婚だったのは覚えているわよね。つまりさ、同居してなきゃ浮気のし放題ってことでしょ」
K「まあ、そうともいえるかな」
私「光源氏が一時期通った女性が、本当は頭中将の身分の低い思い人だったというのは覚えてる?」
K「えーと、そんな話はあったか」
私「あった。それも逢瀬の時に六条の御息所の生霊に取り殺されてしまったのよ。光源氏は責任を感じてその女性の娘を引き取って育てることにしたのね。そしてその娘が成長したところで、帝を引いた兄のところに女官として上げたのよ。兄君には子供がいなくて、それがもう一人の弟に帝位を譲る原因でもあったでしょ。それが兄君のお手付きになって子供を身ごもり、そのせいで子供が出来なかった正妻に気兼ねする生活を送るようになるんだよ」
K「よく覚えているよな。お前の記憶力って、たまにどうなっているのか、頭の中を見てみたい気になるよ」
私「えっ、そう? それでちょっと横に逸れたけど、このように平安貴族って、恋に生きるようなところがあったわけじゃない。確かさ、和歌にも残っていなかったかな。通いがなくなったから、もう来ないと思って別の人と懇ろになった女性のところに、久しぶりに男から急に逢いたいと言われたけど、女性にはその気はなかったからすげなく断ったというものが」
K「それもあった気がするかな」
私「そうなるとさ、浮気なんて言葉は当てはまらなくなるよね。これが三日夜の餅を食べ合って、ちゃんと結婚したのなら違うと思うけどね」
K「三日夜の餅って、何だっけ」
私「この頃の貴族の結婚における風習みたいなものだったと思うのよ。男が三日続けて女のところに通って夜を過ごし、明けた朝に二人でお餅を食べ合うの。でも、今考えると変なことをしているわよね」
K「そうだな~。だけど、確かにこれじゃあ、いまの価値観とは違う世界だよな。この時代じゃ不倫や浮気を責めることは出来なかったのかもな」
私「いや、そうじゃなくてさ、三日通わないと結婚したことにならないわけでしょ。そうなると二日通って三日目に行かなければ、結婚したことにならなかったわけじゃん。先にエッチのお試しが出来たということでしょ」
K「……あけすけに言うなよ」
私「オブラートに包んでも事実は変わらないじゃない。えーと、だからさ、同居することにならないと、恋がし放題だったでしょ」
K「……なんでそこをオブラートに包む?」
私「もう! うるさいな。わかった。くっきりはっきり言えばいいんでしょ。平安時代の貴族たちは、セックスして体の相性を確かめられた」
と、言ったところで口を手で塞がれました。「う~、う~」とジタバタもがいている私に、ため息交じりにKが言いました。
K「頼むからさ、同性同士の会話じゃないと自覚してくれ」
私「うー(そんなこと知るもんかー!)」
K「舞、うかつなことを言ったと、旦那にチクられたい?」
私「うっ(それは……)」
私がおとなしくなったので、Kは私の口から手を離してまた深々とため息を吐き出したのでした。