4 次の話 の前に、現実にあったアラフォー女性のあれな話
私「それでさあ、ここまで話しておいてなんなんだけど……」
私は話題を変えようと言いかけたところで、何かが引っかかり口を閉じました。その様子を訝しそうに見つめてくるK。
K「どうした、舞?」
私「えーと、何かがいま、引っかかったのよ。う~ん、と、なんだろう。……不倫……よろめき……魔が差した……35才から45才、って。ああ~!」
思いだしたことに思わず大声を出しました。Kはわざとらしく耳を押さえていました。
私「思いだした! いたわ! 確かによろめきまくってたわ~」
K「なにがだよ」
私「娘の幼稚園の時のお母さんで、よろめいていた人がいたのよ。あ~、あれってよく考えたら、リアル『恋する母たち』だったわー!」
「うわー、身近にいたよー」と、興奮気味に言っていたら、Kに冷静な声で言われました。
K「落ち着け、舞。幼稚園の時のママ友って、実際に不倫していた人がいたのか」
私「あっ……えーと、10年経っていたら時効よね」
K「言ってまずい話ならしない方がいいぞ」
私「別にまずい話ではないとは思うのよ。実際に彼女に何があったのかは、詳しくは聞いてないからさ。でも状況がセレブ妻と、すごく近かったとは思うのよね」
私は表情を引き締めて真面目な顔をしました。
私「その人って、すごく行動力がある人だったの。子供が5人いたんだけど、その子供のために地元を離れて静岡までくるくらいにね」
K「こっちの人じゃなかったのか」
私「うん。兵庫の人。旦那さんが会社を経営している人だったそうよ。長男が地元のサッカークラブで評価されていたそうで、その子の才能を伸ばしたくて調べて中学受験をしてこっちにきたのよ。長女と次男は小学校で、娘と同じ年の子は女の子と男の子の双子だったのよ。その子たちを連れてこっちに来るなんてさ、バイタリティーに溢れていると思わない?」
K「まあ、そうだな。だけど、そんな人がなんでよろめいたりしたんだよ」
私「そこは私もよくわからないのよ。ただね、彼女は向こうにいた時は専業主婦だったらしいのね。お姑さんと同居はしてなかったようだけど、隣に家があって事あるごとに口を出されて、彼女は不満に思っていたらしいわ」
K「口うるさい姑がそばにいたんじゃ、不満に思うのも仕方がないんじゃないか」
Kの言葉に私の口元に皮肉気な笑みが浮かんだのだと思う。Kは軽く眉間にしわを寄せて私に聞いてきました。
K「違うのか」
私「さあ、どうなんだろうね。私が知っているのは、彼女から聞いた話だもの。だから公平な判断は出来ないわね」
K「それにしちゃあ、なんか確信みたいなものを持っているような顔だよな」
私「まあね。私は彼女を知っているからねえ。彼女は子供のためとか言いながら、こちらに来て恋をしたんだよ。まあ、向こうでもかなり好き勝手していたようだったし」
K「舞にしちゃあ、棘がありまくりな言い方だな」
私「えっ、そう? だけどさ、子供のことに一生懸命なふりをして、ちゃっかりうるさい姑と離れることに成功してさ。それなのに子供を預ける相手がいないから飲みに行けないとか言ったのよ。矛盾しまくりじゃん」
K「えっ……それは」
Kは瞬きを繰り返しました。私の言葉の情報だけで、彼女がどんな女性だったのかを、想像したのでしょう。最初の情報だけなら「いい母親」と思ったことよね。でも私は彼女からいろいろ聞いていたので、当時に思った感情のままに言葉を続けました。
私「彼女ってこっちに来るまで、自分の思い通りにならなかったことはないと言っていたのよ。子供も男の子と女の子を二人ずつ欲しかったといって、それを実現させたの。まあ、双子を妊娠して男の子がもう一人増えたことは、うれしい誤算だったらしいわ。それなのに子供を姑に預けてパーティーに出かけることをしていたそうなの。それがご主人の仕事の関係で行かなくてはならなかったのならいいのよ。でも違ったみたい。彼女ははっきりと息抜きと言っていったもの。私だってさ、KやU達と飲みに行くこともあるから、それを駄目だとは言わないよ。でも、自分が欲しがった子供をダシにしたり、蔑ろにするのは違うと思ったのよ」
K「……えーと、舞。そんなにひどい女だったのか」
私「う~ん、ひどいわけではないと思うな。彼女は自分に正直な人だったのよ。それが責任を持たなきゃいけない子供に対して、責任を果たせない状態になったの。それを見ていたらさ、いい感情は持てないでしょ」
K「それだけだとよくわからないから、もう少し詳細を教えてくれ」
私「詳細ね。……そうね、彼女は下の子たちが年中の時にこちらに来たのよ。たまたま選んだマンションが幼稚園に近かったから、幼稚園をここにしたのね。明るい人でママ友たちにすぐに溶け込んでいたようよ。どれくらい経ってからかわからないけど、彼女はママ友の伝手で働き始めたそうなの。私が彼女とよく話をするようになったのは1年後くらいね。娘と同じクラスになって顔を合わせる機会が増えたから。う~ん、なんで懐かれたんだっけ? 他のママ友に誘われていったランチでだったかな。あの頃って私は誘われれば行ったけど、大体みんなの話を聞いて終わっていたんだよね。……これだったのかな? 彼女って話をしたい人だったから、黙って話を聞いてくれる私が貴重な存在だったのかな~。……それで、秋頃だったと思うんだけど、彼女から電話がきたのよ。苦しそうな声で、泣いているのもわかったから、すぐに彼女のところに駆けつけたのよ。泣きながら支離滅裂な話を聞かされたのね」
私は一度言葉を切りため息を吐き出しました。あの時の行動は、いま思うとかなりお人好しなことをしたのだと思います。彼女がいたグループではないママ友から、あとから話を聞かされましたから。
私「彼女はさ、真剣な恋をしたと言ったのよ。その人と一緒になりたくて、ご主人に離婚を切り出したそうなの。ご主人は怒って別れるつもりならこちらでの一切の費用は出さないと言ったんですって。私からすれば当たり前のことだと思うけど、彼女はそれに納得しなかったそう。息子の夢のためにこちらに来たのに、生活費を止められたら生活出来ないと言ったそうよ。話し合いの結果、マンションの家賃と子供の養育費はご主人が継続して払うことになったのね。それ以外の生活費は彼女自身で稼ぐようにと言ったらしいわ。そうして離婚をしたのだけど、相手の男に旦那と別れたから一緒になれると伝えたら、相手は逃げ腰になったそうなの。そして、とうとう『一緒になるつもりはない』と言われてしまったのね。彼女はさ、『離婚までしたのに』と嘆いていたけど、私からすれば『何を甘いことを言っているの』よ。『覚悟もなく不倫をした報いでしょ』ってね。たださ、子供たちがかわいそうでさ、食事の用意も何も出来ない状態だったから、了解を得てから冷蔵庫の中身を使わせてもらって、簡単に具沢山スープを作ったんだよ。ポトフに近かったかな。この時のことを彼女が復活してからママ友に話したそうで、それを聞いた友人たちから『お人よしすぎ!』と言われちゃったな~」
アハハ~と、頭に手を当てて言ったら、Kに呆れた視線を向けられました。いや、そこ。わかっているからさ。そんな目で見ないでよ。……と、心の中で反論もどきをしていました。
K「それで、その後はどうなったんだ」
私「さあ?」
K「さあって、知らないのか」
私「うん。聞いてない。この後卒園に向けて本部役員の私は忙しくなったからさ。でもね、この時に思ったことがあるのね」
K「また、変なことを考えたんじゃないだろうな」
私「変なことじゃないからね。『不倫』や『浮気』は自分とは縁がないことだなと、思っただけだから」
K「縁がない? どうして」
私「柴門先生の今回の漫画もそうだし、この彼女もそうなんだけど、みんなスレンダー美人なの。やはりそういうことをする人は容姿から優れてないとだめなのよ。本当にね、あの彼女も5人も子供を産んだと思えない細さだったからさ。私なんて子供を産むたびに体重が増えていったのよ。こんなぽっちゃりとした女とどうこうなりたいなんて普通は思わないでしょ」
苦笑いを浮かべながら私は言いました。遺伝的にも太りやすいと知っていたけど、間食が止められなかった自分がいました。それに子供に「お母さん、一緒に食べよう」と言われて、その誘惑にあらがうことが出来なかったのも悪かったと思います。
少し考えていたKが口を開きました。
K「別にぽっちゃりしているからって、恋愛対象にならないってことはないだろう」
私「はっ?」
K「柴門さんだって、ここで言っているだろう。『40代から50代の魅力は体だけではない。ある程度の人生経験を重ねたことで、許容範囲があること。我慢して許す、相手を受け入れるということが出来るようになって、許容範囲が広がる』って。それにさ、確かデブ専という性癖のやつもいるよな。需要がないわけじゃないだろう」
私は拳を握ってワナワナと震えました。
私「K~、あんたは私のことをデブだと思っていたのか~」
K「ゲッ……違うって。ただ、話の流れで。それにイタリア人はドン、ドンとした体形のふくよかな女性を好むっていうだろう」
私「そこまで太ってないやい! よ~し、わかった。そこになおれ! 手打ちにしてくれるー!」
私は本棚のところに置いてあった50センチの竹のものさしを持つと、Kに向けて竹刀のように構えたのでした。