1 始まりの怪しい会話
この話を悪友のKとしたのは2018(平成30)年5月31日のことでした。この悪友は私の父方のはとこで、同い年のやつ。私の夫と仲が良く、しょっちゅう家に来てはご飯を食べていきます。まあ、Kが独り者で食事が心配だったのと、彼の亡くなった母親に頼まれたということが、彼が入り浸る原因になったのですよ。それに彼も私も本好きで、読む本がかなり被っていたのも、入り浸る要因だったのです。
あの日は娘の学校の文化祭のステージ発表が在った日でした。Kの母校ということもあり、見に行きたいというので一緒に行ってきました。終わって家に戻り、私は夕食の準備を終え(前の日から下ごしらえをしていたので、メインは煮込むだけでした)家族が帰ってくるまで少し時間が出来たので、私は買ってきた週刊誌に目を通していました。友人のKは運転手をしてくれたこともあり、夕食を一緒に食べることになっていたので、やはりうちにある本を選んで読みだしました。
私「う~ん」
K「どうかしたのか、舞」
ある記事を読んでいた私は、思わず唸っていました。それを聞きとがめたKが聞いてきました。口で説明するよりもその記事を読ませた方が早いと思い、私は読んでいた週刊誌をKに渡しました。
K「対談?」
私「そう。まずは読んでみて」
読み終わったKが真顔で私に訊いてきました。
K「お前、不倫がしたいのか?」
私「違うわよ、馬鹿K! どうしてそんなことを考えるのよ」
私はそばにあったクッションをつかんでKのことを叩きながら言いました。記事の内容からそう誤解されても仕方がないのかもしれないけど、あんまりな言葉にバシバシとクッションを叩きつけたのです。
K「こら、やめろ。大体な、こんなものを俺に読ませんな。女性週刊誌だろ、これ。Uと話せよ」
私「何を言っているのよ。対談の二人をみなさいよ。柴門ふみさんと石田衣良氏でしょ。内容はあれだけど男女の対談じゃない。Kが読んだっておかしくないでしょう」
K「そういうけど、こんな内容を読ませんな。大体なんだよ、これ。女性の欲望がどうとかって。……何お前、俺とそういう話をしたいの?」
ニヤリと笑うKに、私は思いっきり冷たい視線を向けました。
私「Kがしたいのなら乗ってやってもいいけど、今は論点が違うから。私はここの女性のピークは40代半ばから50代にかけてという言葉に、う~んとなったのよ」
K「それって自分が恋をしたいって話じゃなくて?」
私「だから違うって。だいたいねえ、この対談の主旨からすると、私は当てはまらないじゃない」
K「どこが?」
私「ほら、これ。『男は女房に悪いなと思いながら浮気をして、女はだんなが悪いから浮気をする』うちはそんなことないもの。私は旦那に不満はないから、浮気なんかしようがないでしょ」
K「……結局、惚気か? 聞かせたかったのは」
私「ちが~う! あんたが変なことを聞いてこなければ、こんな会話になってないの!」
さて、この会話の元になっているものというのは、某女性週刊誌にて現在、柴門ふみさんが連載中の「恋する母たち」という漫画が単行本になるということで、石田衣良氏とスペシャル対談をした記事のことになります。
対談のタイトルは『内なる性のエネルギー、大人の恋』でした。
『妻だって、母だって、恋もすればよろめきもある』というのが対談のサブタイトルでしたねえ。
この「恋する母たち」というのは、三人のアラフォー女性が主人公になります。誰もがうらやむセレブ妻だけど夫は不倫をしていて、自分のことは女としてみられてない女性。夫は浮気相手と失踪し、一人で子供を育てる女性。専業主夫な夫を持つキャリア妻。その彼女たちの恋愛の話です。
そのことについてお二人は話されていて、私も現実世界恋愛の話をよく書くので、対談の内容は参考になりました。
でも、まあ、悪友がいうように、男女で話すような内容ではなかったと、あとから思いましたね。でも、この時は柴門さんが取材などで得た知識に、自分の周りにはいないタイプの話だと、興奮をしていたのだと思います。おかげで会話がヒートアップしていきました。
K「だけどな、これを読むと年齢がドンピシャだろう。そうしたら舞も浮気をしてみたくなったと考えてもおかしくないだろ」
私「いや、おかしいから。そんなこと思わないから。というか、もっと違うことを考えたし」
K「どうだか。じゃあ、何を考えたのか言ってみろよ」
疑わしそうに私のことを見てくるKに、ムカッとしながらも私は雑誌をめくり、対談の表紙の部分を開いた。
私「Kはさ、この三島由紀夫の『美徳のよろめき』って知ってた?」
K「いや。知らなかった」
私「でしょう。私も作品自体知らなかったから、ベストセラーになったということも知らなかったし、この作品が約60年前に書かれたもので、『よろめき』が流行語になって、『妻であり、母であっても恋愛をすること』がセンセーショナルを巻き起こしたことも知らなかったわ」
K「そうだな。ちょっと興味がわいたから探してみるかな」
私「それなら手に入れて読み終わったら貸してよ」
K「まあ、いいけど。……それより隣のページのこれって、不倫現場?」
隣のページは漫画でした。
私「さあ?」
K「ん? 読んでないのか? 漫画好きの舞が!」
私「なんで読まなきゃなんないのよ」
K「ええっ! これを読んでいるから、週刊誌を買ったのかと思ったんだけど」
私「違うって。今回はたまたま別の記事で気になったものがあって、それを読もうと買っただけよ。普段は女性週刊誌なんて買わないから。それで対談を見つけただけだから」
K「本当かー」
ジトーと見られたけど本当のことだから、私は神妙な顔で頷いた。しばらく眉を寄せていたKは「まあいいか」と呟きました。
K「充実している舞には、欲望がないわけだ」
続けられた言葉に気がついたら「それは違う」と返していました。
K「違うって何が? 舞は不倫なんかする気はないんだろう」
私「不倫も浮気もする気はないけど、欲望がないわけじゃないわよ」
私の返しにしばし固まるK。それからかすかに頬が赤くなってきました。口に手を当てて視線を逸らして言いました。
K「お前……いくら友人だからって、そういうことは話すなよ」
何を想像したのかがわかり、私は雑誌を丸めて持つと、Kの頭をポカリと叩きました。
私「何を想像してんのよ。というか、具体的に想像するな~! ああ~、もう! 言いたかないけど、私だって恋くらいはしているわよ。そういう意味で欲望はあるんだってば」
K「はっ? えっ、だってお前、不倫はしないって」
私「そうよ。不倫じゃないもの」
K「意味わかんねえ。わかるように説明プリーズ」
私「付き合いが長いんだから察しなさいよ、もう。あのねえ、私が好きな人って現実世界の人間じゃないの。二次元のもしくは文章上にしかいないの!」
K「……出た。舞花の二次元コンプレックス」
私「悪い! ……というかさ、なんかいろいろ語りたくなってきたから、私が満足するまで語りに付き合いなさいよ」
K「げっ。なんか余計なことしたかな、俺」
私「余計なことはしてないけど、この対談を読んで思うところはあるわけなのよ。こんどUと話してもいいけど、その時には今みたいには話せないと思うのよね。『鉄は熱いうちに打て』というじゃない。あと、『思い立ったが吉日』とも。だからね、ほら~」
K「……仕方ないか。でも、一言いわせろ。その格言はおかしいからな」