9 昔から変わらない男女の出生比率のこと
Kは眉間にしわを寄せて……いや、はっきりと不快感を顕わにして、私のことを見ていた。
K「情報の対価に女性って、なんだよ」
私「言葉のとおりよ。昔って今と違って、娯楽になるものって少ないじゃない。ましてねえ、山奥や隠れ里みたいなところだと、周りには何もないわけでしょう。だから一夜の宿と女性を差し出したのよ」
しばらく考え込んだKが聞いてきた。
K「それって史実にあったってことか」
私「史実というかね、前に読んだ江戸時代のことが書かれた本に、書いてあったのよ。大体さ、人を泊められる家って、庄屋とかの大きな家なわけでしょう。そういう家ってやっぱり器量がいい人がお嫁にくるわけじゃない。そうして庄屋さんは自分の妻を差し出したというわけ」
K「……」
あら。絶句してしまったわ。そんなに意外なことを言ったかしら。
私「これがさ、妻ならまだいいんだけど、場合によっては娘を差し出すこともあったんだって」
K「待て! えっ? 結婚前にいいのか、それは」
私「んん? K~、なんか勘違いしているようだけど、江戸時代に処女かどうかと問題になったのは大名などの武家だけよ。もしくは豪商とかかな。一般庶民なんてさ、そこいら辺に関してはゆるいんだって。それどころか、年増の方がモテたりしていたみたいじゃん。手練手管を知っている方が喜ばれたってことじゃん」
K「いや、それ、おかしいだろ」
私「どこがおかしいのよ。普通じゃない、そういうのって。確かさ、男の初めてを人妻が指南していたって話もあったじゃない。ん~、そう考えると、閨に関することは一種の娯楽か~。ああ、もう一つ思いだした。村の中で、夜這いをかけるって話があったわね」
K「夜這い!」
Kはぎょっとしたような声を出した。
私「そうよ。さすがに幼い子供は対象外だったと思うけど、年頃の娘や人妻のところに男が行くのよ」
K「おい! その夫や父親は? 自分の妻や娘が他の男と、って、いいのかよ」
私「だからさ、その夫や父親が夜這いに行ってたんだってば。えーと、スワッピングだっけ? 夫婦がパートナーを交換して性行為を行うのって。それを村全体でしていたのよ」
K「……そんな情報、いらねえ……」
Kは頭を下げて苦悩していた。それからしばらくして息を吐き出して言った。
K「それで……もしその時に、子供が出来たらどうすんだよ」
私「どうもしないんじゃないの。普通に産んで育てるでしょう」
K「自分の子供じゃなくても?」
私「だって、子供って大事じゃない。ああ、だからさ、さっき言った山奥の村でも、同じことが言えたでしょうね」
K「なんでだよ。どこの誰だかわからない奴の子供を育てることが出来るんだよ」
私「いや、だからさ、よ~く思いだしてよ。山奥や隠れ里なんだよ。子供が出来るって大事よ。というより、喜ばれた可能性の方が高かったんじゃない」
K「どうして」
私「よく考えてよ。いかに昔の人が健脚だったといっても、山奥や隠れ里みたいなところに、嫁の来手ってあまりないでしょう。そうなると、狭い集落内での婚姻か、隣村程度がせいぜいじゃないの? どうしたって血が濃くなるでしょうが。他所の血が入ると喜んだと思うわよ」
また、黙り込むK。あれ~? 刺激が強い話だったかな?
私「あとさ、忘れているようだけど、江戸時代くらいまでの一般の平均寿命って覚えてる?」
K「確か……三十代だったか?」
私「そうよ。三十五歳くらいだと聞いたわよ。そうしたら、子供の生存率もわかるわよね。一人でも多くの子供を産んで、何とか成人する子供を増やしたいと思うわけじゃない」
K「それはそうだろうけどよ。なんか納得がいかねえ」
ムッとした顔で睨むように私のことを見てくるK。というか、睨むなや。私は息を吐き出してから、言葉を続けた。
私「それじゃあさ、Kに聞くけど、出生時の男女の比率ってどうなっているか知っている?」
K「男女の比率? ……確か最近は女の方が生まれやすくなっているんだったか?」
私「ブッブー。はずれ~。昔も今も世界的に見れば、ほぼ同じくらいなのよ。若干男の方が生まれやすいかなってくらいなの」
K「えっ? マジ!」
私「もちろんよ。確か女100に対して男の方が105から110くらいだったかな」
K「……お~い、舞花さん。かなり違うよな、それ」
私「まあまあ、これは些末でしかないからさ。それじゃあ、1歳までの生存率はそれぞれどれくらいだと思う?」
K「ええっと……9割くらい?」
私「あのさ、全世界的に見てよ。発展途上国を入れると、昔と今はたいして違わないんだよ」
K「……まさか」
私「確かね、1歳までの生存率は男が6割で女が7割だったと思うのね」
K「そんなに? 1歳まで生きられないのか」
私「まあねえ、信じたくないのはわかるけど、そんなものらしいわよ。でもね、これで終わりじゃないんだよね。3歳までの生存率はどうなると思う」
K「……なんか聞きたくないんだけど」
私「男が5割で女が6割くらいよ。この後成長するにつれ、男の方が亡くなる率があがっていくのよね」
K「……」
私「でもねえ、仕方がないんだよね。男の子ってじっとしてないでしょう」
K「……」
私「危ない遊びをするのって、男の子が多いしね。木に登って飛び降りるなんて、昔の子はよくしたでしょうし」
なんかショックを受けている様子のK。反応がないと語りがいがないんだけどな~。
私「えーとね、河童の話って知ってる?」
K「河童? あの川にいる緑色の奴だろ。それがどうしたのか」
ホッ。反応があるのは嬉しいな。
私「河童が童の尻子玉を抜く話って知ってる?」
K「尻子玉? なんだそれは」
私「だからね、男の子の尻子玉を河童が取ってしまうって話なんだけどさ、普通に考えて尻子玉なんてないでしょう」
K「ああ。大体尻に玉なんて……えっ、まさか」
思い当たるものがあったのか、目を見開いてKは言った。
私「たぶん、想像したものであっていると思うわよ」
K「うっそだろう。金玉のことかよ。なんつうものを取って行くんだ」
私「ああ~、違うってば。河童が作られたのは、子供たちに対する注意喚起だってば」
K「注意喚起? なんの」
私「もちろん、川で溺れないためよ。たぶんだけど、河童の伝説があるところって、深い淵があるところだと思うのよ。それも、水が碧く見えるようなところ。そういうところで溺れる子供が多かったから、水に引き込む河童が生まれたんだと思うな」
K「……ええっと、河童という妖怪が出来たのは、水の事故に注意しろということか?」
私「そうなるでしょうね。妖怪や昔話とかってさ、その作られた時代や場所を知ると、見えてくるものがあるじゃない」
まあ、大概は男の子のほうが無茶をしがちだったから、亡くなる率も高くなるわけだけど。
K「見えてくるものって?」
私「だからさ、桃太郎や浦島太郎のことよ。って、ごめん。また横にそれたねえ」
K「いや、その、昔話もすごく気になるんだけど」
私「わかったからさ、先に男の方が亡くなりやすいことのまとめを聞いて」
K「わかった。それで?」
私「単純にいうと男の人の方が外に行くから亡くなりやすいってことよ」
K「外って、当たり前なことを言うなよ」
私「だから、違うって。私が言いたいのは、争いごとで命を落とすということだから」
K「争いごと?」
私「だって、戦うのは男の人じゃない。戦に行くのは男でしょ。そうなると、どうしたって女性の方が余っていくわけじゃないのよ」