4話 無恋情な特別
鏡の世界――ミラーワールド。
そこは、鏡だけでなく、宝石や水晶、煌めきをもつ物や者が多くある場所。
その中の、名もなき空間で梶原はシミラという少女に『特別な存在』と言った。
それは、シミラにある誤認をさせてしまう。
「特別な存在……それは、ワタシのことが好き、という意味でしょうか?」
「へっ?」
「特別な存在というのは、人に恋をしていると同義ではないのですか?」
梶原は特別な存在という意味を恋として言ったわけではない。だから、
「いやっ、そうじゃなくて……。あれだ……違う場合もあるだろ?」
「違う場合……? 違う場合とは例えばどのようなことですか?」
恋だということを否定したのはいいが、少し面倒な状況になった。
この場合なんて答えればいいのか、なんて言えばいいのか梶原は考えてもいなかった。
そして、数秒経って出た答えは、
「家族……とかか?」
梶原自身、なぜ家族が特別な存在と言ったのかよく分からなかった。
しかし、彼の深層心理を探せば、その理由は明らかだ。
梶原はニートで、しかし親から特に怒られたことはなかった。親は学校に登校できるようになったら声をかけてと、そう言っただけ。
普通の親ならそうするだろうか? いやしない。学校に行かないことが心配で、普通の親なら学校に行かせようとする。しかし梶原の親はそうはしない。
なぜか? 罪悪感があるからだ。
なぜか? 梶原の親は、梶原の名を◯◯にしてしまったからだ。それで『――』が起こった。
しかし、それでも、それを差し引いても親が怒らないことに、特別な存在、という意義を見いだしていたのかもしれない。
「家族とは、特別な存在なのですか?」
「……あぁ、特別だ。もしかしたら彼氏や彼女なんかよりも特別……かもしれない」
「オー、ソーデスカ。家族は特別な存在……認識しました」
さらに、シミラは宝石のような青緑の髪を弄りながら話を変える。
「そろそろ、ワタシの能力についても知っていた方が良さそうですよね 」
「お前も、能力があるのか?」
「エエ。しかし、梶原ほど特別なものではありません」
「そうなのか。それで、シミラの能力ってのはなんだ?」
「回答します。
一つはヒール。もう一つがバーサークヒーリングです」
それを聞き、梶原は皺を寄せ訝しげな表情になる。
その理由は、
「シミラ、ヒールは分かるがバーサークヒーリングってなんだ? ヒーラーなのに敵陣に突っ込む病かなんかなのか?」
「――? 意味を理解できませんでしたが、バーサークヒーリングはエナジードレインと酷似していると、ワタシのデータにあります」
「なるほどな。シミラの能力はHPの回復。そして相手のHPを奪う――それも物理的にではなくて、相手に触れるだけでいいってことだな?」
「ザッツライトです」
「――? 急にキャラ変わった?」
梶原の突っ込み、というか問いかけにシミラは特段おかしな表情もせずに答える。
「今までのデータにあった会話から取り出しただけですが……何か?」
「それなら別にいいんだが、いやよくはないけど……」
そんなあやふやな返事をする梶原だが、シミラはそんなことは特に気にもしないような表情、つまりは無表情をしていた。
相手が無表情だっため、梶原は黙ってしまった。
それをどのように受け取ったのか分からないが、シミラが話し出す。
「質問等は、以上でよろしいでしょうか?」
「質問? まぁ、今のところはないけど……」
「これからの予定で、梶原には戦闘を行ってほしいとワタシは考えています」
「戦闘……か……。確か、『鏡の異物』ってやつらを一万倒せばいいんだよな?」
「イエス。アッ……その前にひとつ。ミラーワールドではチキューとかなり異なる部分があるので説明します」
あることを話し忘れたことに気づいたシミラは口を隠しながら、そう言った。
「地球とかなり異なる部分……ってのはなんだ?」
梶原は、特段表情も変えずに聞く。
そして、シミラは口を開き言った。
「ミラーワールドの世界では、睡眠、食欲が必要ありません。ミラーワールドの世界ではそんなものが存在しません」
「はっ?」
思わず、呆けた顔で、そう言うしかできない梶原だった。




