14話 死線の狭間
梶原有栖は絶望した。
――このままでは桜が『消滅』する……っ!
現実を受け入れなければ『真実の鏡』によって自我が崩壊され……桜は『消滅』する。
『宝珠』に殺された過去を持っている彼女は、以前『宝珠』に殺されたことがトラウマで、それは今も払拭できていない。だから、このミラーワールドの『真実』を受け入れることなどほぼ不可能。有栖はそれを理解していた。
だからこそ有栖は、
「桜っ! 今すぐ戻れ!」
「戻れ? どこに?」
「そうですよ、有栖さん。
何処に戻ると言うのですか?
ここは『真実の鏡』。『真実』を伝えなければ、元の場所に戻すことは絶対あり得ない……!」
「『真実の鏡』……頼むよ……桜に……戻る機会を与えてやってくれ……!」
「駄目ですよ、梶原有栖。
この世界のルールは法律と大差なし、差異なし。故に、ルールは破ってはいけない。もとから決まっていることなんですよ。決定事項なんですよ。これが覆ることは――あり得ない」
事実、有栖は知らない――どこに出口があるかを。
見渡しても白のみの空間。
一体、どこが入口で、どこが出口なのか、皆目見当もつかない。
「梶原有栖――貴方はどうしても桜さんを消滅させたくないようですが、この世界は――甘くない。ミラーワールドは破局した人間の性格の欠片――その終着点。その中で唯一活路を見いだせるのが、ミラーワールドの『真実』を知るもの。しかし、『真実』を知る覚悟を持っていなければ、ミラーワールドから出ることは私が許さない。だから私は、彼女――桜に『真実』を伝える。
先に言っておきますが『ボス』と対決する前では、能力は発動できませんよ。そういうルールにしているんですから」
『真実の鏡』の恐ろしさはこれだ。『真実』を伝えなければ絶対に逃げ切れない、そして『真実』を知れば『人』が消滅するという、その一点だ。その一点のみが、梶原有栖たちにとっては恐ろしくおぞましいものだ。
そして『真実の鏡』は『真実』をすぐにでも伝えようとしている。
有栖は、思う。
――桜を消滅させることは、許さない。
それは覚悟、決心であり、それ故に理論を超越した。
「なんですかこれは……!?」
『真実の鏡』は驚きを隠せない。
今、有栖は――有栖たちは『真実の鏡』の中にいる。そこでは、能力が発動できない。
『真実の鏡』はそういっていた。しかし、現に今、梶原有栖は能力を使用している。
自身の人体を――欠片を媒体として左手を失いながらも、その左手は形を変えて、糸のように細くしかし鋭い武器となり『真実の鏡』を貫く。血を吐く『真実の鏡』。さらに繋ぐ――『真実の鏡』から溢れた結果、物体となった血を媒体にして、凝固化。
圧倒的物量で『真実の鏡』を破壊する。
梶原有栖は限界だ。初めて手を失った。尋常な痛さではないだろうし、体力など考える暇もないほど疲弊する。それでも必死に足掻くのは、桜を助けるため。
有栖は、リソースを全て『真実の鏡』にぶつけていた。全身にガタがくる。歯を食い縛る。気力で能力を発動している。
『真実の鏡』を破壊している。
『真実の鏡』は血が吹き出ていた。
有栖の猛攻。
『真実の鏡』は崩壊――否、世界が止まる。
「――!?」
有栖は身体が動かなくなる。同時に能力も扱えない。焦る、焦燥。このままでは、桜は『消滅』する。
――それだけは!
止めなければ、いけない。
しかし身体は動かない。たとえ自身の命を賭けても桜を助ける気持ちがあるのに、指一本動かないこの状況。
「さて、私にミラーワールドの権限があるとはいえ、梶原有栖。まさか私の『ボス』の部分を強制的に取り出して、ここまで『ボス』を追い込むなんてね……。本来なら、正式な制定に従ってやるべきなんだけど……これはもう、手遅れね。『ボス』として立ち回らないといけなくなった。
その挙げ句、ミラーワールドの時を操らないと勝てないなんて、ね。まぁ止めたのは有栖の時だけなんだけどね」
そう言いつつ、『真実の鏡』は修復する。まるで、ケガなどなかったように、全てが元通りの身体になる。血の一滴も出ない身体。
つまり、万全の状態。
有栖は左手を失っていて、さらには身体が動かない。
――動け!
心でそう願っても、身体は動かない。
このままでは、桜も有栖も死――、
「アロー、属性:最終!」
桜の髪色は黒となる。
同時に、片腕を失う。
片腕の代償とした矢は凄まじい威力を持ち、『真実の鏡』に直撃する。矢が通ったあと、『真実の鏡』は存在していなかった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
痛みが跳ね上がり、桜は絶叫する。
有栖は桜を見て、ようやく腕が消えていたことに気づく。
「桜……お前……なんで……腕を、失くしてまで……」
桜は今も、苦痛の表情をしていた。
無理もない。腕を無くしたということは、神経の切断を行ったということで、むしろ悲鳴を上げないほうがおかしい。
「……いま、治すからな」
「大丈夫、よ。……有栖、あんたに心配されるほど、私はやわじゃない……」
強がっているのは言葉と態度のみで、それ以外はよそよそしく、か弱く、弱く見えてしまう。
「それでも俺は、お前を助ける」
――たとえ、俺の腕を失ったとしてでも、桜は絶対に治す。
『真実の鏡』では、能力を使えない。しかし、身体――仮の身体を媒介とすると、能力がいくらか使える。それを体感していた有栖だからこそ、身体を媒介にすれば、人を助けられるということを理解していた。
そして桜を治そうとして有栖自身を媒介とし桜の腕を治――
「……っ!?」
治らない。否、再び身体が動かない。
――これは!? まさか!?
目の前に人影。
少女だ。桜ではない、少女――『真実の鏡』。
――なぜ生きている!? このままだと殺され――
「合格です、二人とも」と、彼女は言う。「『ボス』を倒されたので、合格です。貴方たちを、元の世界に還すことを約束しましょう」




