12話 which?(生と死)
白の空間。
何もなく、やはり何もがないような場所。
「貴方は貴方だけど、貴方は梶原有栖ではない。認識できた?」
『真実の鏡』の真実は、梶原有栖ではない何かを絶望に落とす。
堕ちた。
真実の非情さ。真実の現実。
有栖は確かに、心のどこかでは現実ではないと理解していた。あり得ない世界。あり得ない身体能力。あり得ない能力。何もかもがあり得ない。ならば…………『有栖』そのものも本当の存在ではない、そのように思っていた。
人間は何かを得るために、何かを捨てる。
人間は変わるために、何かを捨てる。
それが『自分』だろうが、簡単に棄てる。
非道。
極悪。
残酷。
非情。
悪辣。
加虐。
無意識に、異常な行動を人間は選択する。
「…………」
彼は足の力が抜かれ、腕、首、……すべての力が抜けて、仰向けに倒れた。
――俺は……俺じゃない…………?
そんな考えを有栖ではない何かは思っていた。
「あらら……倒れちゃった。まあ、人間ならままあることですけど……。でも倒れただけなら重畳。貴方はそれほど自我を形成できている。
他の人なら消滅していた場合がほとんどなんですから」
「……なに……を…………?」
何を言っている?
そう問うことさえままならない現状。
「そのままよ。
私がさっきの真実を口にすればその者は消える場合がある。文字通りね。理由としてはその存在が完全に、完璧に、十全に要らないと判断されたからね……。貴方は自我が強いから避けられたけれど。
まぁ、これを一つの試練だと言ってもいいかもしれないわね。
もっとも、一つ目の試練はミラーワールドを生き残れるか? そう言うことになるでしょうけれど……」
「…………」
有栖は反応する気さえなかった。
それほどまでに疲弊。魂のような何かがごっそりと大部分抜かれた。
それにもかかわらず、空虚よりも疲労の方が強い。だからまだ、有栖ではない何かは死んではいない。死んでいないだけで、生きているかどうかは怪しいが。
「今から貴方には『ボス』――つまり私と戦う…………いや、少し違うわね。
私だと仮定して、私のような者と戦ってもらう。それが一番解りやすいかな? 兎に角、戦ってもらう。
早速戦ってもいいけれど…………まだ無理よね……」
有栖の表情は、顔は、絶望で染め上げられていた。
「待つ時間は無制限。永遠と戦わずしてこのままここで人生を終わらせる……なーんて方法もあるけれど、さすがにそれはしないでね。
退屈だから。
飽き飽きするから。
つまらないから」
その声は辛うじて『残骸』には伝わってはいるが、何も思うことはなかった。
彼の心はズタズタに引き裂かれ、壊され、疲弊され、摩耗され、終わりかけているのだから。




