9話 『虫』
先手必勝。
その言葉に倣い、有栖は直ぐ様に地形を変形させつつ、鋭系の武器を作り上げて『宝珠』に放つ。
――っ!
『宝珠』は――『虫』は異常だった。
口を大きく、少なくとも人が口を開けれる限界以上に開き、“何か”を盾とした。
「キキキキキッ!」
「マジ……かよっ……!」
盾としたのは『鏡の異物』(蜘蛛)だ。
少女は口から自身の体躯以上の存在を口から出した。いや、
――生成したとでも……いうのか?
そんな思考を有栖は働かせていた。
――急成長でもさせれば確かにできるかもしれないけど……。
明らかに常軌を逸脱している。
しかしその光景を目の当たりにしてしまうとなるほど何故か納得できる。そして同時に有栖はある仮説が浮かぶ。
――『鏡の異物』が出現しているのはこの『宝珠』のせい……か?
ただ、それだけ。しかしそれ程度のこと。
『宝珠』の行動は終わらない。
六足歩行に切り替えて、あろうことか俊足な初速度、雷が如くの速さで、シミラのもとにいた。
気づいた有栖は叫ぶ。
「シミ――」
その言葉を言うまでに『宝珠』の攻撃は行われていた。六足の一足。その先端から刃物を剥き出しにし、シミラの首もとを切り落とした――ことはなかった。
すんでのとこでフェイバリットがテレポートを駆使して助け出す。
「アレ マ、殺れると思ったのに、キキッ!!」
「……っ、喋れるのか……」
呟く。
今までの『鏡の異物』、ないし『宝珠』は言葉を話すことが一切無かった。
『鏡の異物』は今まで会ってきた相手がほとんど虫(稀に他の生物)だったが故に、納得はできた。
『宝珠』は、有栖にとってみれば、『影』と『虫』の二体しか出会っていない。
だから、結論から言ってしまえば、今までこの世界で喋る相手はシミラとフェイバリット、そして桜と有栖以外には誰もいなかった。
「ギギッ、まさかまさか喋らねぇとでも思っていやがってたんですか? イヤ嫌、気持ち悪いが過ぎる、偏見も過ぎるほどですねぇ!
脳味噌をこねくりまわしたいなぁ!」
「…………」
壊れていた。狂っていた。故障品、欠陥品、不完全品。
とにかく、彼女はおかしかった。
だから有栖は喋ることを、対話することをしない。
「お話してもいいんだよ?
まぁ、攻撃は続けるけどね! キキッ――!?」
そんなお話は、誰も耳を傾けない。
今は戦闘中なのだ。
フェイバリットの能力――テレポートによって刹那で『虫』にたどり着くシミラ。
そして――、
「エナジードレインっ!」
吸う。吸い尽くす。生命、『虫』の生命を根こそぎ、根絶やし全てを吸収する――
「あら、何してやがるんですの?」
「――ナゼ!?」
効いてなかった。シミラの攻撃は確実にヒットしているはずで、しかし『虫』はまったくもって痛みの反応も取らない。
「身代わりって考え、お分かりですか? 人肉に宝石ども」
「まさか……『鏡の異物』にダメージを肩代わりしているのか……?」
「ご名答、パーフェクチっ!
ワタクシ様の可愛い可愛い人形さんが憐れですが仕方がないですよね。だって……、お前らがワタクシ様に盾ついてきたんだからなぁ!」
異常で異様で異質。
それが『虫』だった。
それを完全に認識。
故にどれほど危険か分からない認識が、有栖に再びあるものをもたらす。
集中力操作自在。
その過剰な集中力によって普段ではあり得ないパフォーマンスが露呈する。
まず、手始めに、
「あがっ!? 何がっ!?」
地面を媒体として、揺れを起こす。
さらに。
地面を変幻自在に操り、鋭いものが――ドリルのようなものが数百作り上げられる。
それを『虫』に向ける。
「これだけあれば、身代わりなんて関係ないだろ?」
「……ふ……ふざけるなっ!!
ワタクシ様を殺したらお前らは何もかも知らないまま終わるんだっ!」
「……なに……?」
その言葉は、今現状何も知りえない有栖たちにとっては最重要クラスで知りたいことだった。
それ故にそう言った……。だが。
「……ブラフ……か」
集中力操作自在。
それがある故に、相手が先ほどの言葉が嘘偽りあるものだと判断できた。仕草が先ほどとは違い、何よりも言葉を並べているとき声帯に嘘が混じっていたことを認識したのだ。
「いやっ!? 違うよ!! マジ、大マジだって!
ワタクシ様のことが信じられないのかなあ!?」
「……死ねっ……」
鋭利なものが『虫』を貫く。
頭蓋を。胴体を。脚を。足を。腕を。首を。
何回も何十回も。
『鏡の異物』を生け贄として、だから『虫』は死なない。その能力が『虫』にはあったが、何十にもわたって命が消えるなら『虫』はいとも容易く死ぬ。
これが桜は倒せず、しかし今の有栖なら倒せる要因だ。
だから『虫』はいとも容易く死んだ。




