2話 フーイズシー
彼の意識は途切れ、しかし当然のように意識は繋がれる。無造作に無作為に悪魔的な行為で、されどそれは人為的なものではない。
「生きて、いますね」
声が聞こえた。機械じみた、しかし少女でもあるかのような声。
「……っ。……ここは?」
「回答します。ここは鏡の世界――ミラーワールドです」
「ミラーワールド……? ……って…………、なんだここ?」
迷路のような場所であることが一目で判った。
彼のいる空間は休息の空間なのか分からないが、細い道ではなく、というか道ではなく、ちょっと広い程度の空間。そこからいくつにも道が続いている。
宝石のような、といか宝石そのものが辺りを、上も下も横も埋め尽くされ、輝きを放つ空間。そしてところどころに大小様々な鏡が張られていた。
そんなファンタジーみたいな世界を拒絶する彼は、腕をつねったり頬をつねるが、当然のように痛みはして、幻想のような現実を受け入れなければいけないことを理解する。
そこに、機械の声と少女の声が混ざった彼女は、
「貴方は今、鏡の世界に迷い混みました」
「それはお前が呼んだだけだろ! ……って、……お前そんな姿してるのか……?」
目の前にいるのはミラーワールドに招待したはずの声で、少女ではあった。少女ではあったのだが、人間には到底見えない。
瞳は花緑青色の宝石で形どられ、それ以外の身体のパーツも、いや身体だけで捉えれば人間を模倣しているのだろうが、いかんせん宝石などによって丸みを帯びて無さすぎる。
一つを例として挙げるが、彼女の髪はサラサラしてるようにはまったくみえない。それは髪が角張っているからだ。比喩でもなんでもなく、自然と角張っている。その理由は、彼女の瞳のような宝石が、彼女の青髪にも適用されているから。
手足なんか異常中の異常だ。今にも割れそうな透き通った手足をしている。これも比喩ではない。肌色ではなく水晶のような透き通った色だ。
服は宝石なのかは判然し難いが、多少は身のこなしが効きそうな服を着ているように見える。
「ワタシはミラーワールド出身の者なので、チキューのような丸まった身体ではないのです」
彼女は彼の意図を読んだのか、彼の疑問に答えた。
「そう……か……」
彼はまだ、ここにいるという状況に慣れていない。しかし、どうにかしないといけないことは分かっていた。だから言葉を続けざまにして、
「ミラーワールドから出るにはどうすればいいんだ? えっと……名前は……」
「シミラです」
「シミラ……か。まぁいいや。帰れる方法を教えてくれ、シミラ」
「エー、その質問にはいくつかの解があると考えられています。ワタシが知っているのは『鏡の異物』を一万、倒すコト」
「……よく分からないな。『鏡の異物』ってのは?」
「ゲンジツ世界における生き物に似たもので、さらにワタシたちに敵対心があるならばそれは『鏡の異物』で間違いないとデータが言っています。ノミや蟻、さらにはクモなどと様々な『鏡の異物』がいます。エンカウント率は少ない場合が多いです」
シミラは淡々と彼の言葉に答えた。
「なるほどね。まぁ、虫を倒せばいいってことだよな…………。……もしかしてそいつら普通のやつらじゃない?」
「普通ではないとは?」
「ミラーワールド……だっけか? この世界の虫は地球の虫と違うんだろ?」
「地球の虫というものがワカリマセン」
シミラは小首を傾げた。
「シミラ……お前もしかして地球のことを知らない?」
「チキューは青い。海がキレイ。四季があるとデータが言っています」
「四季は地球全体にあるわけじゃないぞ……」
思わず彼はそう突っ込みを入れる。
「ソウデスカ。データを書き直して、記憶を保持します」
まるで機械のように、堅苦しく話すシミラ。
しかし、一瞬で少女のようになって彼の腕を掴む。
「そう言えば、貴方のデータの採集をしていませんでした。データ採集の協力をお願いできますか?」
「ああ……」
腕をいきなり捕まれた反応で、我を少し忘れていた彼は適当な相づちをした。
「では聞きます。貴方の名前は?」
「………………梶原だ」
「……? フルネームでお願いします」
「梶原だけでいいだろ? フルネーム言わなくても梶原って呼べばいいだろ?」
「ワタシはシモをご所望します」
「――梶原梶原だよ……! 上も下も梶原。これでいいか?」
梶原は少し怒り気味にそう言った。言ってしまった。
そして当然、梶原梶原なんて名前ではない。
「名前は梶原梶原ですね。では次。梶原の血液型を教えていただけますか?」
「O型だ」
「誕生日の月日は何座にあたりますか?」
「いて座」
「理解。O型といて座により…………データから答えを得ました。梶原の能力は造形操作です」
「はっ? 今なんて言った?」
思わず聞き返してしまう梶原だった。




