4話 再戦
シミラと梶原有栖は閉塞感ある道を歩く。
ミラーワールドの道はすべてこんな道だ。地球の道路のように整備はされておらず、いくらか凸凹してる地面があり、壁と壁の間もマチマチすぎる。
ミラーワールドの歪がそのまま反映されているようで、しかしその歪が歪だとは有栖たちは知らない。今は……だが。
『鏡の異物』とも何体か遭遇はしたものの、有栖がシミラの歩く方向を予想して先回りすることで、『鏡の異物』を暗殺することができた。
有栖は現在も、シミラが行く方向を予想してその方向に敵がいないかの確認をする。
……有栖は最悪のイメージをときたま考えてしまう。
それは『宝珠』に遭遇してしまう可能性がゼロではないことだ。あれに遭ってしまえば詰みだ。二人では勝てない。
『鏡の異物』は虫などの生き物を巨大化したもの、『宝珠』は人型だが人とは言い難い歪な者。この二種とも、形は違えども敵だ。そして会ってはならないと言ってもいいほど強い相手――それが『宝珠』だ。
だがそれでも、有栖は『宝珠』に出くわす可能性はゼロに等しいと思っていた。
有栖はミラーワールドに一年間いて、あのとき初めて『宝珠』に遭ってしまったのだ。
だから、『宝珠』に出会う可能性はゼロ……lim[x=0]x――限りなくゼロに近い。いやむしろ、
――絶対にゼロ……だ……、…………嘘だろ………。
いた。いてしまった。出会ってしまった。
シミラが向かう先、そこに『宝珠』がいた。……トラウマが蘇る。それは能力が『影』であるあの『宝珠』。
刹那、有栖は判断を下す。
すぐさまシミラのもとまで戻り小声で、
「シミラ、一旦『真実の鏡』にまで向かうのを中止しろ」
「了解。メソッドを解除。……これでよろしいでしょうか?」
「ああ……上出来だ、シミラ。サンキューな」
止められることを確かめられて安堵、そしてついでに髪を撫でた。
丸みを帯びていないその身体は、そして青緑の彼女の髪は……硬い。質感がどうこうではなく、宝石のように硬い、いや、その髪は宝石で作られているのかもしれない。それほどの強度だ。
しかし愛らしく、いとおしく感じる、感じてしまう。だから、
「……どういたしまして……だな……」
どうでもいいような、しかし情を少しでも与えたい有栖はそう言った。
「…………?」
「誉められたら、どういたしまして、だ。地球ではよく使う言葉だ」
「オー……、チキューではそんな言葉があるのですか。……記憶しました」
有栖は前世……と言っていいのだろうか? 前世に出会ったシミラは一年間で、片言な言葉をある程度なくすことができた。当然、このシミラにもそれができると思っていた。
「……これからどうするか……だな。『宝珠』と敵対するなんて正気の沙汰じゃないしな」
恐らく最短ルートは『宝珠』が留まっている場所を通過するのが最短だろう。
しかし、別に迂回しても問題ないのだ。時間はいくらでもある。……だから、
「シミラ、とりあえず迂回しよう。『真実の鏡』を探すモード……って言い方でいいか分からないけど、それになって――」
「複数は選択できませんよ? 一つの選択しかできません」
「――?」
意味がわからなかった。
なぜ、迂回するルートがダメなのか?
一つの選択のはずなのにダメな理由……有栖は考える。一年間いた間の頃、シミラと話すことに悪戦苦闘はそこまでしなかったが、このような案を上げるとよくエラーのようになってそう言われていた。
――迂回することができないのは何故だ……? なんらかの権限で迂回ルートとが無くなっている? いやそれだったら「権限により実行は不可」のようなことを言われるはずだ。
考える、考える。そして、
――もしかして……!
「シミラ……迂回できないのは、迂回というルートが“別のルート”って認識されているからか?」
その認識ならば、シミラはルートは複数という認識がされるだろう。
そして、機械染みた声で少女は、
「……アー……、なるほど。そうですね、そういうことです」
シミラは肯定した。
「『真実の鏡』の場所を方角でもいいから分かったりしないか? 分かればすごく楽なんだが……」
「不可能です。『真実の鏡』は方角ではなく一つのルートのみでしか示すことができません」
「そう……なのか……」
――このままじゃ……『真実の鏡』にたどり着くことはほぼ不可能か……?
恐らく、『真実の鏡』にたどり着く方法は自力で探せば他にもあるだろう。だがそれは、広大すぎる、どれほどの大きさをもっているか知ることのできないミラーワールドではあまりにも無謀すぎる。
まだ、『鏡の異物』を一万倒したほうが早い。
「どのようにいたしますか? 一度ルートをたどるのを止め、様子を見ますか?」
「……ああ、それで頼む」
有栖は少し悩みながらもそう言った。
それは、とりあえずは『真実の鏡』に向かうのは諦めると言っていることと同義で、されど何か、……何かを忘れていないか、
――『真実の鏡』はいつでも俺を……本当に待ってくれているのか? 例えば、制限時間があるとか……。
その考えにたどり着いた故にシミラに問う。
「なあシミラ」
「はい? ドウシマシタか?」
「『真実の鏡』に行くまでの制限時間はあるのか?」
「ありますよ」
「…………」
即答。あまりにも即答だった。
それほど重要な話をされず、有栖はシミラが語った話だけを中心に、行動をとってしまった。
シミラに悪意がなくとも、それはぞっとしてしまうものがあった。
「……制限時間は……?」
「二日と十三時間二十七分十秒です。それ以降になると『真実の鏡』は『真実の鏡』ではなくなります」
――それは……どういうことだ? ともかく、
「分かった。あと二日と十三時間で行かなければいけないんだな?」
「ザッツライトです」
「……それだと……あの『宝珠』が厄介だな……」
『真実の鏡』に行くルートは少なくとも、『宝珠』がいる場所を通らなければ行けない。それは有栖も承知だ。
しかしそれは再び悲惨なことが起こる可能性があるということで、最悪死ぬかもしれない……そんな危険が孕んでいるということで……。
冷や汗が頬を滴る。トラウマが、あのときの惨劇が、脳裏に映し出され、しかし有栖はそれを拒む。
『宝珠』を倒す――誰にも悲しまれないやり方で、誰も死なずに殺す。有栖は心に誓った。
そして、
「今から『宝珠』を倒す。それにはシミラ、お前の協力が必要だ。協力してくれるか?」
「エー、いいですよ」
「モードを予めバーサークヒーリングにして、『宝珠』と戦闘する。分かったか?」
「了承。モード:バーサークヒーリング」
そして『宝珠』の前に飛び出し、有栖たちは戦う。死を、運命を、すべてを賭けて。




