2話 俺の名前は
「何……言ってんだよ……シミラ?」
「――? 貴方とワタシは初めてお会いしましたよ」
「…………」
キッパリと言われ、梶原は驚愕した。
あの一年の日々が、無に返された。零にされた。
これほどくそ食らえな状況があるのだろうか。……いや、ない。
「貴方の能力名を教えてください」
梶原の落ち込みをまったく考えていないかのようなそのシミラは、無邪気に、否、無表情のままそれを訊く。
「…………造形操作……」
梶原は細々とした声でそう答えた。
「造形操作ですね? 血液型O型、いて座産まれだと把握しました」
無表情で、まるで人形になってしまったほど、行動がもとに戻ってしまった。
それを見る梶原は酷く苦痛であって、しかし同時に何かが燃え上がる。それは彼女を機械のような少女ではなく、普通の少女にしようと想う気持ち故のもの。
「貴方の名前を教えてください」
無機質に、彼女は訊く。
梶原は決める、あることを。
「俺は決めたぜ! 今度はお前を一人にさせない!」
「俺は決めたぜ今度はお前一人にさせない、という名前でしょうか?」
まるでプログラム通りな考えをもつ彼女は、しかし時を過ごせばそれも少なくなる。
そして同時に今度こそ、梶原はシミラを助けたいと思った。
梶原はシミラの問いに「違う違う」と笑いながら、梶原の本当の名前を言う。
「俺は梶原有栖だ」
「梶原有栖、それが名前でよろしいですか?」
「ああ!」
「メモリに記録しました。これからよろしくお願いします、有栖」
シミラは手を差し伸べる。
梶原は――有栖はその手を掴み、笑った。
今度はシミラを一人させないと。
*****
人の意見に賛同しかしない梶原の、有栖の苛烈な便乗や賛同は、有栖という名前が原因だった。有栖という名前であったから、性格がねじ曲げられてしまった。
小学生時代のことだ。
有栖、それは女が本来はつけられるべき名前なのにと、男子からはからかわれた。そのからかいは次第にエスカレーターし、虐めにまで発展する。
このとき梶原は、数が多いほうが正義だと思った、思い込んでしまった。だから自分は虐められると認識してしまった。
それからの梶原有栖という人間は、狂人になってしまった。
有栖の考えはすべてマジョリティの方向に変換された。
虐められているのは、有栖という名前だからで、多数者がそれを知っていて、だから彼は虐められることを受け入れた。
憎悪はなかった。恐怖だけがあった。少数のものになりたくないという、願いがあった。
そして人々の意見に賛同し始める。すべてを賛同し、便乗し、褒め称える。誰にでも、虐められている人にもだ。
だから、ついに小学校では虐められなくなった。
しかし高校生のとき、ういた。多数者に賛同し、何もかも便乗するかのような奴を観たら、おかしいと思うしゾッとしない。
それでも有栖はそんなことは気づかずに多数者の意見すべてに異常なまでに乗っかったから、…………ついには全員から疎まれた。
有栖はようやく悟って、学校に自身の居場所はないと思い、果てはニートになってしまった。
しかし、彼は今度こそ。今度こそ、新しい世界で手に入れる――自我を、性格を、人格を。




