1話 リコール
梶原はシミラに対して一つ、後悔をしていた。
あんな別れで、勝手に死んだのに、話し忘れたことがあった。
それは自身の名前が梶原○○という名前と伝え忘れたことだ。
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誰かといっていいほどなのか曖昧で、それはもはや人間なのかと言っていいほど曖昧なものは形は歪。
水面から起きるような波紋によって形は乱れ、されど戻る。
少しずつ本来の形を取り戻す…………というのは、些か含みをもたせ過ぎる表現なので例えを用意する。
例えるなら、スライムから人間になれるほどの異質な変わりかただ。
変身ができるというわけではないのに、形は乱し乱されて、しかし形成される。それはつまり存在そのものが曖昧ということだ。
曖昧というのは文字通り曖昧という意味で、不安定であり不規則であり何もかもが中途半端であり出来損ないだ。
そして曖昧を表しているのは梶原で、シミラで、桜で、フェイバリットで、『鏡の異物』で、『宝珠』で、そしてそれがミラーワールドの本質だ。
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今の彼の意識は曖昧だ。
自然に、ただただ本能に言われるがままに、意識を起こそうとする。しかし、ノイズのようなものが脳内を駆け、思うように意識を起こせない。
しかしそれも束の間の出来事だったようだ。
意識はすぐさま覚醒する。
彼――梶原は、目覚めた。目が覚めた。異常な光景を目の前に。
「ヤー、生きているようでなりよりです」
「…………えっ……?」
梶原は自身の最後の記憶を思い出す。
シミラを助け、自分は死んだことを。
なのに、シミラが目の前にいた。
それゆえに、
「俺は助かった……のか?」
自身の能力である造形操作で、『宝珠』もろとも押し潰したはずなのに、骨や内臓を押し潰したはずなのに、生きていたことを認識した彼は、戸惑いを隠せない。
死んだはずなのに、生きていた。
死んだはずなのに、シミラと会っている。
そんな摩訶不思議な異常さを、…………当然梶原は理解できなかった。
「……? どうかしましたか?」
「いや……ちょっと戸惑っててさ」
梶原はぐるりと辺りを見渡す。
そこは、『鏡の異物』に邪魔されない空間……の……は……ず……、
「――? あれ……?」
「どうかしましたか?」
「配置が……変わっている……?」
この空間に、梶原は何度も、何度も幾度となく訪れている。だから気づいた――背景が、風景が変わっていた。
「アー……、それはワタシに出会ったことがある……ということですか?」
「……? 何を言っているんだ、シミラ?」
意味が分からない。会ったことあるはずで、ましてや忘れることのないほど過酷で充実した絶望を、艱難辛苦を二人で乗り越えてきたのに、それなのに、「出会ったことがありますか?」と、そう訊くのだ。
梶原は死んだはず、確実に命を絶ったはず……、しかしシミラと再び出会った。
梶原は、あることに気づいてしまう。気づいてしまった。あまりの唖然したこと故に……、口は自然と開きながら、弱々しい声で……、
「…………死に戻り……なのか……?」
そう言ってしまった。
「厳密には違います」
「へっ……?」
「ワタシと貴方は初めて会いました。貴方の記憶のワタシではありません」
そんな異常なことを告げれた。




