13話 殺すしかない
「逃げろシミラ!」
怒号とも聞き間違えるような轟くような声が響きわたる。
今はなぜ、『影』から近い梶原より『影』から遠いシミラを狙うかを考えている場合ではない。
「――――」
梶原はすぐさま能力を発動する。
自身より後ろ、そこに壁を造り上げることによって多くの『影』を遮断して――、
「嘘だろっ……!?」
既に巨大な『影』は梶原の後ろにはいない。
『影』はいつの間にか眼前に移動し、シミラを取り込もうとしていた。
「――アッ……」
『影』はシミラの身体を足から這いよりギチギチと縛り上げる。
このまま大人しくしていれば、絞殺されかねない。
「…………モード:バーサークヒーリング……」
だから黙って『影』に縛り上げられることはしない。
『影』は『宝珠』の能力で、『宝珠』自身だ。
当然、『影』に対してもHPという概念がある。だから、
「エナジードレイン……!」
吸う。相手の体力を、膂力を、力を抜き取る。そして、『影』の力は弱まる。
次第に縛り上げる力は緩み、『影』はシミラから離れる。
――『宝珠』の狙いはシミラなのか……?
そんな疑問を抱く梶原だが、それは後回し。
今は……『宝珠』を殺すことだけを考える。
「――――」
じっと『影』を見つめる。冷酷に、冷ややかに。
そして数瞬で『影』だけを覆うように、自身の描く造形を形作るように操作する。そしてそれは……『影』を潰すことと同義。
「……逝け――」
瞠目にその死に様を、なるべく想像をかきたてながら、梶原は断続的せずに造形操作を行う。
もし、途中で造形操作を絶ってしまえば、その瞬間『影』に逃げられてしまう。それを理解している故の本能的行動。
想像をし続ける――それも、こと細やかに形を想像、さらにはその変化をも想像するのは難しい。
言うなれば、問題を解き続けるものだ。脳内にあるモノをとり、組み替えながら解く、それを永続的に行う。だからこそ、この造形操作を永続的に発動させるのは難しいのだ。
霞む。目が霞む。あまりに想像をかきたてながら造形操作を行うから脳内は想像による処理で五感の反応は薄れていく。それでも、今はしっかり眼で目の前の情報を得ながら想像をしなければならないのだ。
梶原は……それに耐えられなかった。
「しまっ――!」
――た。その最後の声は出ない。
『影』は飛び出す。
――標的はシミラだ! なら――!
梶原はすぐさまシミラの隣に駆け寄る。
『影』は標的を見つけ、迫る。さらに――、
「なっ――!?」
『影』は無数が如く分裂する。
分裂した場所は……戦闘したことによって起きた地面のひび割れから分裂していた。地面のひび割れには当然影がある。
『影』はそのひび割れから何体にでも増える。もっとも、梶原はそんなことは考えないし、考える時間もない。
ただ増えたという現実を受けとめ、本能的に対処をするために考えを巡らせる。
しかし、対処法は見つからない。
「っ……!!」
既に『影』は辺り一面に増え、シミラを、そして梶原を飲み込む。
逃れられない、逃げられない。
足は、脚はすでに『影』に絡まれて、移動することもできない。
『影』は二人の首を締め上げる。息さえもできなくなった。
死ぬ。
梶原たちは死ぬのだ。
しかし、梶原はそれ以外にも考えを馳せていた。
――シミラを……護りきる……!!
だから、『影』――『宝珠』を……、
――殺すしか……ない……!!
瞬時に梶原は造形操作を使う。
使う対象は『影』だが、刹那という時だけでも『影』の形は大幅に変化するため、『影』すべては操作できない。
だから首を締め上げている部分だけを操作して『影』を外し、呼吸を可能とする。
息を整え、そして、シミラの首を締め上げている部分の『影』も梶原の能力により解除。
「シミラぁ!」
「モードに於けるオプションから解放――身体強化、能力向上、飛行能力性の付与を選択し、解放」
『影』によって動けなかった脚を、シミラは強引に動かし、『影』を引き離す。
そして駆ける。空間を縦横無尽に。
シミラの能力――バーサークヒーリングの強さはここにある。
エナジードレインで吸いとったチカラを変換できる。しかもそれは、能力に近い状態のものに置き換えることさえ可能だ。
それゆえ、『宝珠』にエナジードレインを行えば、かなりのチカラを得ることができる。
「プラスアルファでオプション追加――張力の強化」
シミラは天井にくっつく。
「梶原、ここからどうすれば?」
シミラは梶原は助けたいが、策が思いつきにくい。いや、策を労することを誰かによって禁じられている……そう言っていいほど策を出すことができない。
だから必然的に梶原だよりになってしまうが……、
「……梶原………?」
梶原は、何も言わない。
いつもなら、何か話はしてくれるのに……。
いつもなら、策を話してくれるのに……。
「…………なぁ、……シミラ」
『影』に縛られていても冷静に、しかし悲しそうに梶原はシミラに向けて話す。
「どうしましたか……?」
シミラは分からない。このときの梶原の感情、情況をシミラは把握していない。見たことがなかった。
「俺はお前と逢えて一年間。嬉しかったよ。この世界で生きるのは大変だったけど、お前がいてくれたお陰で生きていけた」
「…………?」
シミラは気づかない。
誰かの設定で鈍感にされているように、何も気づかない。あまりにも鈍感過ぎて、もし気づいたら自身を滑稽に思ってしまうかもしれないほどに。
「シミラ、今までありがとう。さよならだ」
「かじ……わら……?」
すでに梶原の『想像』は終わっていて、それはつまり能力を発動したことと等しくて。
天井以外のすべて――地面に、壁に、造形操作を使った。シミラが張り付いた天井以外に造形操作をして、天井以外をまるで一つにするように、強大なチカラを使ってしまった。
だから『影』は潰れる。そしてそれは当然、梶原も潰れるということで。
「――――!!」
シミラの声は聞こえない。
すでに壁は『影』と梶原を覆って潰れていく。
『宝珠』は圧殺されて死んだ。
そして梶原も、死んだ。




