11話 あれから○○日
鏡や水晶、宝石、煌めいた石などで構成されているミラーワールド。
その中のある空間――『鏡の異物』に襲われないその空間に、シミラと梶原はいた。
梶原の瞳に精気を宿っておらず、ただただ目的に向かっての作業をしているだけだった。
死んだような眼で、梶原はシミラに尋ねた。
「シミラ……俺は、『鏡の異物』をどのくらいぶっ潰した……?」
「『鏡の異物』の討伐は現在八百十六匹ですよ」
「……今日で、ここに来てからどのくらい経った?」
「三百六十五日……ちょうど一年です」
「…………」
その言葉は、梶原の絶望を助長した。
単純計算で後十年はここからは脱出できない。
あのときの宮島桜の気持ちが、今の梶原なら分かる。
こんなに絶望の淵に立たされているのにも拘わらず、まだミラーワールドに入ったばかりなら理不尽に怒りたくなるのも仕方ない。
『鏡の異物』を狩り続けるという行為は思った以上に堪えるものがある。
そもそも、自分が死ぬ可能性もある。だから、絶対死なないように行動することが一番大切なのだ。それはこの一年間で梶原が理解していた。さらに、それを何回も続ける。梶原の場合は一日に二回以上は『鏡の異物』を狩る。
これらの条件に添って『鏡の異物』を殺すのは骨が折れる。
それを一年間続けてきたことになる。
精神が磨り減っていたのは当たり前で、それとは別に彼はそんな中でもあることをずっと後悔していた。
「桜に……ついていけば……」
思わず声に出てしまう。
彼女と一緒にいればこの時間もいくらか紛れただろう。彼女と一緒にいたいけれど、目的の彼女はあの日に会った以来、遭遇しない。
ましてや、他の人と出会うことさえなかった。
あの一件のことが、ミラーワールドではそれほど珍しいことだとあのときは思ってなかった。
でも今ならそれがどれほど珍しく、そして重要なことなのか理解していた。
「梶原……」
シミラは梶原の気持ちを知っていた。痛いほど感じていた。
梶原の考えを汲んでいる、ということは、彼女は一年前の性格とは変わっていたということだ。あのときも無神経とは言いにくいが、少し機械っぽかった。
しかし今はそんな性格ではない。相手を、梶原を想っている。だからこそ、何も言えないわけだが……。
「……シミラ、ミラーワールドの脱出方法は、『鏡の異物』を一万狩る以外は本当にないのか?」
「えー。少なくとも、ワタシのデータには残ってないです。唯一あるとすれば、『宝珠』を狩れば『鏡の異物』を百匹倒したことになりますが……」
「やっぱ……近道があるなら『宝珠』、か……」
『宝珠』
宮島桜から「狩るな」と忠告されたものだ。
梶原は桜と分かれて、その存在をシミラに聞いたとき、『宝珠』というのは人の形を模しているが、見つかったらほぼ間違いなく殺されるということだ。そして何より恐ろしいのは『能力』を保有していることだ。
あくまでも、シミラからの情報であるが、『宝珠』は各々が能力をもっている。
能力は『奇怪な能力』が多いらしい。『奇怪な能力』というのはどのようなものか判然としなかったが、梶原は戦わなければいいと思っていた。
逃げれば問題ないと思っていた。
そう考えていれば問題ないと思っていた。
思っていた、思っていたいたのに、
「アイツは……アイツらは……倒さないといけない……『宝珠』だよな……?」
「えー、恐らく……。逃げることはほぼ不可能だと思います」
梶原たちのいる空間は、『鏡の異物』を侵入させない空間だ。
それは最初にシミラに言われたし、そのあとにも『鏡の異物』との戦闘中にこの空間から一方的に倒せることも実証済みだ。
この空間に入れば安泰で、さらには道は複数――約十もの道があるので『鏡の異物』を倒せないときに何度もこの空間を使い、逃げ切れた。
だが、現状は違う。
全ての道に、『宝珠』が、人の形を模した異物がいた。しかも、姿形まったく違わない『宝珠』だ。
今現在、対峙しようとしている『宝珠』は、梶原とシミラがこの空間で休んでいるとき、いつの間にかいた。いつの間にか現れた。そして、いつの間にか囲まれた。
その『宝珠』の身体は見えない。漆黒のフードで顔が隠され、いや素肌すべてが見えないと言っても過言ではない装束を身につけていた。
不気味だ。何をしてこようとしているのか、梶原はまったく理解できない。だが、解らなくても倒せばそれでおしまいだ。
「シミラ、俺はここから能力を使う。万が一……俺が怪我したら治癒してくれ」
「えー、了解です。……ご武運を……」
梶原は能力――造形操作を使う。
その対象は『宝珠』のフードだ。
梶原は一年で自身の能力の異常な強さに気づいた。
造形操作は、物だけにしか発動できない……なんてことはない。
『鏡の異物』を対象にして発動もできる。
それによって『鏡の異物』を核の部分から崩壊することもできる。
条件はある。その条件は相手の身体が見える範囲だ。
ある程度は、見えなければ発動することはできない。
梶原は、『宝珠』が着ているフードを操作して、フードは金属のように固まり、『宝珠』の脳天を貫き――、
「はっ……?」
『宝珠』は崩れさった。
脳がぶちまけられたというわけではない。
一瞬で、いきなり液体になったかのように、『宝珠』の身体が崩れさったのだ。そのとき、フード以外はすべて液体――黒の液体だったと断言してもいい。
梶原は何故そうなってしまったのか理解できない。理解できていない。しかし、それ以上に理解できない出来事が、梶原を襲う。
「嘘……だろ……?」
眼前の『宝珠』は人型の形を取り戻す――二人に増えながら。




