第九六六話 「魔術と魔法」
「魔術王といわれるタクミ様でも無理なのですか?」
なぜか少し嬉しそうにサナが問う。
「ああ、無理だね。
そもそも、魔術と魔法ではたとえ結果が同じでも本来の性質が違いすぎる。」
そういいながら、タクミさんは少し思案するように口元に手をやりながら、ボツボツと話し始めた。
タクミさんの話によると、そもそも魔法というものは、すべからく神が起こす奇跡なのだという。
これこれ、こういう現象を起こしたいです。お願いします。と、いう願い、祈りを、神様が聞き届け、現象を発現させたあと、願いの対価として魔力を献上する。
これが魔法の基本的なシステムだ。
これに対して魔術は違う。
起きる現象は同じであっても、それは己の魔力を直接使っての、あるいは周囲の魔力を使って行う技術でしかない。
余談ではあるが、そのため、現象が同じな初歩の魔術、魔法では魔術の方が魔力的コストパフォーマンスが良く、高位のものになると逆転、あるいは、魔術では通常再現不可能になるのだそうな。
「つまり魔力が足りないので魔術では元の世界に帰れないってことッスか?」
こんどは少し不安そうにミツキが問う。
「いや、そもそも現象を起こす魔力の質によるものだよ。」
魔術はあくまでも、この世界での魔力を使った現象に過ぎないが、魔法によって起こった現象は、魔力こそ同じように消費するものの、現象を起こしたのは神様だ。
つまり上の次元の魔力によって引き起こされている現象だというのがタクミの話だ。
「それと同じで、元の世界に戻るという現象も、次元を超える現象であろう。
で、あるならば、この世界での現象に留まる魔術では戻れず、だが魔法であれば、あるいは可能性はあるだろう。」
ただし、我々が神様よりも高い次元から来ているのであれば、これも不可能だろう、と、タクミさんは付け加えた。
タクミさんの話と自分の現状を比べて考えるに、淫魔化していた地母神様の分神と比べると、自分自身は高次元からやってきているように思える。
私>サキュバス>地母神様(分神)というような順番であろう。
ただ、地母神様の本体がどれくらいの高みにいるかによって変わってくるし、魔法の使い方によっても、結果が変わってくる。
なぜなら、そんなに私が高次元にいるのであれば、この世界に呼ぶこと自体が不可能だろうからだ。
まぁ、前に落とし穴方式での召喚という話もあったので、なにかやりようもあるのだろうが、どちらにしても、今の時点ではどうしようもない。
少なくても地母神様が完全にこの世界に復帰してからの話になるだろう。
「……レンさんは、元の世界に戻りたいのかい?」
「いいえ、心残りが全くないとは流石にいいませんが、もう、こちらの世界には大事な家族がいますから。」
「ああ、そうだね。僕もそうだ。」
お互いそう話しながらも頷き、黙って乾杯をする。
「まあ、けじめみたいなものさ。帰れるのに帰らないというのと、純粋に帰れないから、この世界にいるとでは、生き方の質が変わってくる。
そのために、随分調べたものだよ。」
そういって、タクミさんが酒器を傾ける。
「わかります。私も娘が出来てからは元の世界に帰るつもりはなくなってましたが、やっぱりこう、ひっかかるものがあるんですよね。」
「あと、私達の世界を見せてやりたい、と、いう気持ちもないかい?」
「ああ、それはあるかもしれません。きっと面白いくらいびっくりしてくれでしょう。」
そんな話をしながら、タクミさんとの飲み会は夕方まで続いた。
サナです。
なにか凄い難しい話ですが、お父さんが元の世界に戻れなさそうだということだけはわかりました。
やっぱり、ちょっとだけ不安だったので、良かったです。
次回、第九六七話 「次元の壁」
やっぱり、ミツキちゃんも心配みたい。




