第九十四話 「ボタン」
「つまりパパさんは、不思議な魔法を使う余所者なので、街では目立ちたくないって事ッスか?」
「そういう事。ミツキを信じてないわけじゃないけど、今は他人の奴隷である以上、無理やり白状させられる事もありえなくはないだろう?だから今は詳しく説明できないんだよ。」
買ってきたお弁当で夕食を済ませた後、ラブホテルに備え付けのお茶を飲みながらそんな話をしている。
話をしている最中もミツキは今まで見たこともないものも多い部屋の様子が気になるらしくキョロキョロとしていた。
いや、お弁当食べている最中も気にしていたが。
「サナ、ミツキが気になるようだから、部屋の中の物、説明してあげて。あと、ついでにお風呂にお湯を張って来てもらうと助かる。」
「わかりました!それじゃ行こ!ミツキちゃん!」
「はいッス!探検~探検~。」
今日は食後に洗い物が無くて暇そうにしているサナにミツキを任せ、ベッドに横になると、遠くからミツキの「凄いッス。」とか「へー」とかの声がする。
賑やかだな。
初めてサナとラブホテルに入った時の事を遠く思い出したが、よく考えるとまだ一週間たっていないのか。
相当濃い一週間だ。
「水が!水が出たッス!なんスか?!なんスか?!どうやって止めるッスか?!助けてー!」
遠くでミツキがパニックを起こしている声が聞こえる。
「一番端っこのマークボタン押しなー!」
どうせシャワートイレのボタン押したんだろうと思い、そう大声で声をかける。
「うひゃー!そこは駄目ッス。もっと駄目ッス!」
「逆だ逆!」
しばらくすると、バツが悪そうな顔をしたミツキと、口と腹に手を当て笑いをこらえているサナが戻ってきた。
「お騒がせしたッス。」
「あ、あれ、あんな風になるんですね。し、知らなかったです。ぷ。」
サナ、爆笑してんじゃねーか。
「サナちー、そんなに笑わなくても…。ところでパパさん、水で流すのは分かるんスけど、あれなんで水が、その、目掛けて噴射するんスか?」
恥ずかしい分には恥ずかしそうだが、好奇心の方が勝るらしい。
「そりゃもちろん、洗うためだよ。おトイレの後、水で洗う地方だってあるだろ?」
たぶん、この世界にだってあるだろうと思い適当に答える。
「あー、なるほどッス。でも慣れるまで時間かかりそうッスね。アレ。」
「いや無理に使わなくてもいいんだよ?実際、サナにはビックリすると思って教えてもいないし。」
「と、扉の向こうの、ミ、ミツキちゃんが急に焦った声で騒ぐのでビックリしました。」
サナはまだ笑ってる。
珍しいな。
「そ、それはそうと、お父さん、そろそろお風呂入れるから一緒に…」
「それじゃ、二人で先に入っておいで。サナ、ミツキにお風呂の使い方も教えてあげてね。」
「えー。」
えーじゃない。
「パパさん、アタシ達奴隷が先に入ってもいいんスか?」
ミツキが顔色を伺うようにそう聞いてくる。
「構わないよ。そうだな、気になるのなら綺麗な身体でいることが奴隷のマナーと、いうことにしておこう。先輩によく教わっておいてね。」
「わかったッス。そういうことなら遠慮なくお先にいただくッス。さぁ!サナ先輩!色々教えてくださいッス!」
「先輩?!えへへー、じゃあ、今日は先輩がミツキちゃんをキレイキレイしてあげましょー。」
「バスローブは二人で使っていいからね。」
「はーい。じゃあ、お父さん行ってきます。」
楽しそうに二人は浴室の方に消えていった。
本当にミツキは場を明るくする娘だな。
サナも楽しそうでなによりだ。
改めてベッドに横になり、メニューから所持金の確認と今後の金勘定をする。
現在の所持金は約金貨6枚強。
身請け金の残額は45枚のうち30枚を先払いしたので15枚。
貸切に係るお金は5日分5金貨払って、今日で1金貨消費で残り4金貨。
昨日の稼ぎが 銀貨345枚分(金貨3枚に大銀貨4枚プラス銀貨5枚)だから同じペースなら明日から始めても明後日くらいには間に合う計算だ。
ただ昨日は装備品やドロップ品に恵まれた感があるから、明日からは少し高ランクの敵を狙っていかないと同じ額は難しいかもしれないな。
どっちみち早く身請けしてやらないと、あの『賑やかな』部屋だとミツキも待機が大変だろう。
ラブホテルに避難という手も考えたが、『淫魔の契り』の指輪が無い以上、なにかあった時に困るか。
なにかあった時といえば、私達が迷宮に行っている最中にミツキに何かあった時も困るな。
種族特性【眷属化】は、使用後に達しさせた相手を眷属化して『淫魔の契り』の指輪を与えるスキルだから、極論として抱かなくても発動は可能だし、色々な意味で安全マージンが取れるから何かの機会に早めに使っておいた方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら試しに淫スキル【ナルシスト】から眷属としてのサナのステータスを眺めていると、面白い機能がいつの間にか追加されている事に気づいた。
これは使いようによってはアリかもしれないな。
なんとなく目星がついた途端、身体というか交渉事やらなにやらで心が疲れていたのか睡魔が襲ってくる。
まぁ、二人が風呂から上がるまでしばらくかかるだろうから、このまま睡魔に身を任せて仮眠しよう……。




