第九三一話 「競り」
「と、いうわけで、本国が認めた勇者殿だ。
皆、拍手。」
おー、パチパチパチと、微妙にまだらに湧き上がる歓声と拍手だが、それもそのはず、この場にいる、ほぼ全ての探索者の関心が、目の前に並べられている宝箱に向けられているからだ。
お昼寝の後、改めてティーパーティーを経て、自己紹介などを行ったものの、ギルドマスターも換金部長も、頭の中は宝箱のことでいっぱいらしい。
まぁ、探索者というからには、迷宮で何かを見つけ、一攫千金を狙うことこそ本懐であろうし、それが宝箱というロマンから得られるのであれば、それこそ得難いものなのだろう。
もうティータイムの時から二人はソワソワしっぱなしなので、いまいちこっちの話をちゃんと聞いてくれているかどうか怪しく感じてしまうくらいだ。
こういう時の偉い人からの手紙って便利ね。
「我らウルキの民は貿易を通じて人族とは友好を重ねている。
が、それはそれとして、万が一の場合には一番備えなくてはならない立場でもある。
そのような中、地母神様の勇者が我が陣営に現れたのは僥倖といえよう。
ましてやその勇者殿が気前よく、こうして宝箱を競りにかけてくれる太っ腹な男ならなおさらのことだ。
よぉぉぉぉおぉぉっし!野郎ども!待たせたな!競りの時間だ!」
先程とは比べ物にならないくらいの歓声と拍手が湧き上がる。
もうギルドマスターなんて筋肉がパンプアップして上半身裸になっちゃってるし。
「換金部が責任を持って質を保証する今回の競り、皆さん、どんどん乗っかってくださーい!」
換金部長に至っては、自分の胸元を両手で掴み、引き裂くように服を脱いだかと思うと、腰に差していた手ぬぐいをキュッと頭に巻いて、両手で頬を叩いている。
いやいやいや、テンション高すぎだろう。
高すぎだろうとは思うのだが、ここは乗っておいほうが諸々得策だ。
淫魔法【脱衣の心得】の力も借りながら、私も上着を脱ぎ、上半身裸の状態で、左腕を胸に掲げ、
「地母神様に誓って、皆さんを楽しませる競りになるよう、努力いたします。」
と、宣言すると、更に歓声が大きくなった。
皆のテンションが高くて暴動になりそうなくらい怖い。
「では、勇者殿、まずはどの宝箱をどんな競りにかけられるのかな?」
少し冷静さを取り戻したギルドマスターが、場を落ち着かせ、そう促してきた。
「競りには『全競り』、『部分競り』、『伏せ競り』の3つがあると聞きました。
宝箱もちょうど3つ、それぞれ別の競りにかけたいと思います。」
そう宣言すると、探索者たちから、どよめきが上がる。
もう一押ししておくか。
「なお、『全競り』を選んだとしても、必ず自分のものにはしないと約束いたしましょう。」
「マジか!」
思わずそんな言葉が探索者たちから上がるほど、場の盛り上がりが回復した。
「よぉぉぉぉぉぉおおおっっし!太っ腹勇者!ならば最初は、どの宝箱を何競りでいく?」
「金箱!金箱!」
「全競り、全競りを頼む!」
「男なら伏せ競りだ伏せ競り!」
「きっと防具セットだ、デカい宝箱を頼む!」
探索者たちから色々な声というか怒号に近い懇願が上がるが、最初に選ぶ宝箱と競りの方法は、始めから決めていた。
「では、まずは、この中間の宝箱を、『部分競り』で!」
「よぉっし!男前!換金部長、開封と鑑定を急げ!」
ギルドマスターが異常なテンションでなぜかボディービルダーみたいなポージングまでしている。
「それではいきますよ?」
意外と冷静を取り戻したというか、むしろ緊張した趣で、大きな手に似合わないナイフを使いながら、宝箱のシーリングを切り裂いていく換金部長。
最初の一刺しの際、プシュっと中から空気が漏れる音が聞こえたほど、場は期待と緊張で静まり返っている。
それと同時に聞こえるいくつかのため息。
中から空気が漏れるということは、未開封である証拠でもあり、この宝箱が迷宮の最深層第9階層にあった宝箱そのままのものだという証拠でもあるからだ。
シーリングを綺麗に剥ぎ取り、一時、自分側に宝箱の正面を向け、鍵に手をかける換金部長。
その手は、わきわきと握られている。
さて、まずは一箱目だ。
十分、楽しんで貰おう。
サオリです。
これは……ちょっとしたお祭りどころの騒ぎじゃありませんね。
こんなに盛り上がり過ぎて大丈夫なんでしょうか?
次回、第九三二話 「宝箱(中)」
勇者としての自己紹介だとしても、気前が良すぎるような気もしますが、レン君、大丈夫かしら?




