第九一一話 「ウルーシの迷宮」
「しかし、これだけ視界が良いのなら、林間コースまではすぐ行けそうだな。」
列の先頭を歩きながらビャクがそんなことを呟く。
隊列としてはビャクが先頭、その次にサオリさんとチャチャが二列で続き、その後ろにミツキとサナ、殿が私となっている。
道々ビャクに聞くと、林間コースというのは通称で、その他に初級コース、中級コース、上級コースという場所があるらしい。
これらは敵の強さももちろん、天候やら地形の傾斜やら、様々な要因でそう呼ばれているらしいが、実際、見てみると、まぁ、スキー場のそれと大して変わらなく見える。
つまり、スタート地点から順に初級、中級、上級と登っていかなくても、方向次第でそれぞれのランクの地点へは向かえる地形の作りになっているのだ。
で、林間コースも同じように直接向かえるようになっているのだが、こちらのコースはそのコースが終わった後からが大変なのだそうだ。
どのコースも基本的には坂道。
だが、林間コースを過ぎると、そこからはジャンルが登山へと変わり、最初に言っていたように、山あり谷あり、崖もありと、地形自体が危険なコースへと変わっていくらしい。
これ、早めに淫乱魔法【夜遊び情報誌】で地形チェックしておきたいな。
「このダンジョンで、迷宮獣を除いて、最も危険なのはなんだと思う?」
視界がクリアなため、敵を避けやすく、暇なのかビャクがそんなことを話しかけてきた。
「えーと、吹雪ですか?」
最初に答えたのはサナ。
実際、視界と体温を奪う吹雪は確かに驚異だろう。
「そうだな、この迷宮じゃホワイトアウトすることも珍しくなく、そこを迷宮獣に襲われることも、珍しくない。
だが、それは技術や魔法、経験でなんとかなる部類だな。
まぁ、今の状態ほどなんとかなっていることは、まずないが。」
一応、サナの魔法を褒めたつもりなのか、そう言いながら笑うビャク。
ちなみにホワイトアウトは光の乱反射などが原因で発生する視界が真っ白になる現象のことで、要因としては、吹雪の雪に光が乱反射する状態のほかに、雲が降りてきている状態でも発生しうる。
状態異常『闇』の光版が自然現象として起こるというわけだ。
なんとなく、この迷宮だと敵もスキルか何かで使って来そうな気もするがな。
「じゃ、雪崩ッス。
凄いスピードで雪が面で崩れ落ちてくるんスよね?
避けられないッスよ。」
「そうだな、雪崩も確かに怖い。
上級の迷宮獣の中では自分で山に衝撃を与えて、攻撃として起こしてくる奴もいるしな。」
「それは怖いッスね。」
「まぁ、実際のところは、近くで起こされる分には、まだ避けやすいのでなんとかなるんだが、自然現象として遠くで起きられる方が怖いな。
範囲も広くなるし、最悪、谷に投げ出されることだってありうる。
最大限の注意は必要だが、それでも雪崩より怖いものがある。」
「雪崩のような広範囲なものより怖いもの……それはなんでしょうか?」
顎に指を当て、小首をかしげるいつものポーズをとりながらサオリさんがそう質問する。
「ああ、ちょうど見えてきたな、あれだよあれ。」
そういって、向かいの沢を超えて張り出した崖を指差すビャク。
崖からは吹雪で押し付けられ、固まって伸びていく雪の出っ張りが相当長く伸びている。
あー、なるほど、あれか。
「雪庇だ。
吹雪や風で、雪が地面に押し付けられ張り付いて、それが繰り返されることにより、雪が屋根のように張りだす現象だな。」
「頭の上に落ちてきたりするのにゃ?」
「まぁ、それもあるが、今は下から見上げているから屋根のように見えるだろう?
これが、上から見た場合、偽の地面に見えるのだ。
想像して見ろ、あの先端までが地面だと思って歩いていったら、自重で雪庇が落ち、落下する事を。」
実際に想像したのか、目の前の4人が、すくみ上がる。
「地面がなくなって谷に真っ逆さまというわけですね。」
「そう、新しい地形にいくほど、雪庇の危険度は増す。
どこまでが本当の地面なのか分からないし、最悪、谷の表面そのものが雪庇でカバーされていることすらあるわけだからな。
殴ればなんとかなる迷宮獣より、よっぽど怖い存在だ。」
そういいながら、オーバーアクションで方をすくめるビャク。
それだけ危険な地区に向かうからこそ、ビャクもガイド役をかってくれたのかもしれないな。
サオリです。
雪庇といえば、屋根から伸びるもの、という先入観がありましたが、雪山では、足元が雪庇であるという罠も存在するんですね。
次回、第九一二話 「山あり谷あり」
いわれてみれば、屋根からの雪下ろしで、それで落下することも、たまにありますものね。