第九〇五話 「ウルーシの夜」
「それにしても、ちょっと異様な光景だな。」
探索者ギルドから出るにあたり、待ち合わせ場所代わりになっているレストランというか食堂部分が目に入ったが、なんというか、こう、我慢大会?といったような雰囲気の状態であった。
雑に説明すると装備の上に防寒着を着込みながら熱々の鍋物などを食べているのだ。
しかもまだ8月の中旬だというのに。
ちなみにギルドの中は決して寒くはない。
少し日が落ちかけているとはいえ、夏の暑さが籠もっているくらい、もわっとしている。
それに拍車をかけるかのように、どの席でも似たような光景が繰り広げられているのだ。
「あれ、やっぱり身体の中から温まりたいってことですよね?」
「う、想像以上に迷宮の中、寒そうッスね。
防寒着買えば済むと思ったのは甘かったかもしれないッス。」
サナとミツキがそんな事を話しながら顔を見合わせている。
私としても防寒着を皆んなに買ってあげるのは、やぶさかではないのだが、この夏の盛りに着回しの利かない服を迷宮1つのために買うのはいささか抵抗がある。
まぁ、そんなに懐にも収納場所にも苦労はしていないのだが。
「サナちー、そういえば環境系魔法覚えたッスか?」
「環境系?防寒魔法とか?今回で結構覚えた方かも?
えーと、防寒、防水、防熱、防風、防砂の5つかな?」
「範囲ででッスよね?アタシも単体で、ほぼ同じく覚えたッス。
今回は素直にそれ使った方が、買い物するより良さそうッスね。
どう見ても防寒着が動きづらそうッス。」
なんだ、そんな魔法あるのか。
と、いうか、単純に高位魔法で使える人が少ないというオチっぽいが、それなら基本的に機動力が売りのうちのパーティーでは、ミツキのいうとおり着ぶくれする防寒服を着るよりは魔法で済ませてしまったほうがスマートだ。
魔力回復薬は十二分にあるしな。
「サナ、頼めるかい?」
「うん、大丈夫。まかせて、お父さん。」
頼られてちょっと嬉しいのか、サナの笑顔が三割増しくらいで明るい。
▽▽▽▽▽
さて、蒸し暑いギルドから出ると、外はもう日が陰り、夜市の準備が着々と進められており、早い店では、もうすでに湯気が上がってるところもある。
夕方で少し温度が下がってきてるとはいえ、この夏の盛りに。
どんだけ温かいものを欲してるんだ、この界隈。
それに興味を覚えたのは私だけではないようで、皆で顔を見合わせて、せっかくだから、食べてみるかという話になった。
「ほい、三花鍋、おまちどう!玉子はつけるかい?つける。ほい、じゃ、これ使いな。」
そういって魔力コンロの上にすき焼き鍋のような鍋を置き、籠に山盛りに積まれた卵を置いて去っていく羊人族の店員。
天然パーマというか、むしろアフロヘアー並のヘアースタイルが見ているだけで暑苦しい。
ちなみに三花鍋というのは、ここの名物らしく、馬、猪、鹿、それぞれの肉をサクラ、ボタン、モミジと例え、その肉の三種盛りの、すき焼き風鍋らしい。
モミジは花じゃないんじゃないか?と、ツッコむのは野暮というものだろう。
お肉大好きのチャチャなんかは、その猫舌と戦いながらも、うにゃうにゃ言いながら美味しそうに食べている。
一応、この玉子、肉を冷ます意味もあるんだな。
それにしても、冷えた身体用の料理ということもあって、冷えたビールでも合わせて飲みたいところではあるが、と、辺りを見回すと、同じ事を考える人も多いらしく、バケツに雪や氷を入れ、そこに瓶を差し込んで売り込みをしている商人もちらほらといる。
ここは、遠慮なく、そちらの方もご相伴に預かるとしよう。
サナです。
三花鍋のお肉ですけど、この辺りの森で取れるのかなぁ?
結構、色々なお店で扱っているみたいだから迷宮産のお肉なのかも?
それなら、あたしでも再現できるかも?
次回、第九〇六話 「ウルーシ探索者ギルド」
さて、今晩はミツキちゃんがお当番の日だから、あたし達も早く寝ちゃわないと。




