第九〇三話 「角赤亭から」
「ウルーシの街ってどんな街ですか?」
御者として馬車を運転しているコマさんに、街までの時間潰しに、そんなことを聞いてみた。
「そうですね、一言で言えば、アサーキ共和国最大にして最強の城塞都市といったところですね。
南東側から入るのはそう難しくはないですけど、北東側、つまりネネの街から入るのは、色々な意味で厳しいですな。
ま、人族に限った話ですが。」
コマさんの話や合いの手をいれてくるミツキの話を聞く限りでは、これには歴史的な経緯があるのだそうな。
十二振興街は文字通り比較的新しい街ばかりで、基本的には亜人族のものだが、最初の魔王が現れてからは人族と共に作り上げた街、というのが、一般的な認識だ。
その貢献度に合わせ、あるいは各国の武力バランスに合わせ、街々のその所属が決まっているのだが、その中で一つだけ亜人族が「盗まれた」と思っている街がある。
それがネネの街だ。
話の発端としては、ネネの街の迷宮で魔王が発生したことが原因となる。
これは、サビラギ様が参加した魔王討伐よりも、もっともっと前の時代の話で、人族と亜人族との信頼性が、微妙なバランスでなりたっていたり、崩壊していったりしていた時代の話だそうな。
さて、このネネの迷宮の最初の魔王だが、大変な被害を街にもたらした。
迷宮から魔族のスタンピートが起こり、大昔のエグザルの街もかくや、というくらいの被害だったのだが、これを撃退したのが人族の勇者2人であった。
当時のネネの街はアサーキ共和国所属の亜人族の街であったが、いの一番に亜人族が魔族に蹂躙され、十二振興街の平和維持のため、ナイラ王朝とネローネ帝国から勇者パーティーが派遣された。
全員人族で構成されたそのパーティー達は、見事魔王を討ち取ったのだが、魔族のスタンピート対応のため、という名目で二つの国から軍隊も派遣されていたのがすべての始まりだったそうな。
亜人族はほぼネネでは滅亡し、そこに最高戦力を含む2国の軍隊が駐屯する。
そんな状態になれば、この街を『新たにどちらの国の物とするか?』という世論が生まれるのには、さほど時間はかからなかった。
当然、アサーキ共和国も黙ってはいない。
軍隊を派遣し、人族と亜人族が対立していた時代再び、となろうとしていた時、一つの提案がネローネ帝国から出されたそうな。
曰く、自分たちの兵を始め、多くの犠牲を出して、魔王よりこの土地を人々の手に取り戻したのは我が国もナイラ王朝も同様である。
その犠牲の分、我らはこの地をその手に持つ資格があると考える。
が、しかし、犠牲となったのは兵だけではなく、亜人族、特にアサーキ共和国の亜人族も同様である。
で、あるならば、犠牲の有無、優劣で、この地の所有権を争うのは不毛なことではないだろうか?
ここは、我々3国とは別の者に統治をさせ、我ら3国共通の楽園としてはどうか?
みたいな事を言いだしたのだ。
で、その別の者こそが、今の人族至上主義に陥る前の大教会だった。
当時の感覚としては、今の新教ではなく旧教の教えが主であり、鳥系の亜人族なども大聖神国街にまだ普通に住んでいた時期であったので、天父神がその教えによって治める街とするのであれば、それは、ネローネ帝国のいうとおり、楽園になるやもしれない。
人族と亜人族対立の傷、対魔王の傷が癒えきって無い中、比較的亜人族に友好的なナイラ王朝も、完全に人族の街になるよりはマシと考えたアサーキ共和国も、この案に最終的には乗ることになり、3国から独立した大教会の直轄地ネネが誕生した。と、いうわけだ。
まぁ、それからしばらくして大教会ごと新教に乗っ取られて、人族の街になるんですけどね。
これにはネローネ帝国が裏から手を回しているだろうという、噂が消えたことはないが、現状明確な証拠はなく、あくまで大教会の友好国の一つとして振る舞っているとのことだ。
これらの経緯から、亜人族からすれば、ネネの街は人族に盗まれた街という感覚が未だに強く、その警戒心がウルーシの街をアサーキ共和国最大にして最強の城塞都市へと変貌させていったというわけだ。
ウシトラ温泉街も、本来はウルーシへの兵站補給用の町だったらしいしなぁ。
歴史が長ければ、色々と歪が出てくるものらしい。
ちなみにネローネ帝国ばかりが悪く言われがちだが、なにげにナイラ王朝も大教会の友好国であり、かなり交流があるらしい。
ナイラ王朝的に考えれば、ネネの街に駐屯できるのであれば、アサーキ共和国首都を落とすまで、あと1つ、つまりウルーシの街を落とせば良いのだから、軍事的にもネネの街の使用権は確保しておきたいところだろう。
それがわかっているからこそ、ウルーシの街がどんどんゴツくなっていったんだろうな。
サオリです。
逆にネローネ帝国はホウマの街から大聖神国街を通りネネの街を抜け、ウルーシの街を目指すだろうという警戒から、大聖神国街からネネの街までの街道の近くには、亜人族の強襲集落が何個か用意されています。
次回、第九〇四話 「ウルーシの街」
わたしたちの稲白鬼の里は、ウルーシへの増援にも、街道の強襲にも、どちらにも対応するような立場ですね。




