第八七二話 「猫人族」
「詳しくはこっちに。」
そういって手紙をユメニシ陛下に手渡すサビラギ様。
どうやったのかピッ!と封を切り、中身に目を通したユメニシ陛下は心痛そうに、おでこに手を当てる。
「なぜ、あと数十年、あるいは100年先に現れなかった……。」
サビラギ様にだけ聞こえるような声で(と、いっても淫魔法【盗聴】の聴力強化で聞こえてしまっているのだが)そうつぶやくと、ユメニシ陛下はチャチャに向き直る。
「チャチャ、といったか、レインのように地母神様の聖印は、ちゃんとだせるのかえ?」
「頑張れば出せるにゃ。」
そう問われて額に両手の人差し指を置き、うーん、と念じるチャチャ。
前は結構かかったからなぁ、と思う間もなく、その額に聖印が光る。
「上手になったなぁ、チャチャ!」
「にゃはは。」
思わず褒めてしまい緊張感が解けたのか笑顔を見せるチャチャ。
その顔を真剣な顔でユメニシ陛下が見つめている。
「惜しい、本当に惜しいのぅ。」
「ああ、そうじゃの。」
残念そうな顔でそう話し合うユメニシ陛下とサビラギ様。
「にゃ?」
「なにか問題でも?」
なにか悪いことしたかにゃ?とでもいいたそうな顔のチャチャに代わり、二人に問いかけると、難しい顔でその訳を話し始めてくれた。
端的にいってしまえば完璧すぎるのだ。
数十年前、勇者の従者、いや監視者として必要だった【神使化】の力。
それは元々、百年以上前、勢力を増す人族と戦うために求められた力であり、アサーキ共和国の【勇者】も同様だ。
ましてやチャチャはレベル50というハイレベルであり、かつ、地母神様の聖印まで持っている。
文句のつけようがない亜人族の勇者というわけだ。
と、なると、それの何が悪いのか?と、いう話になるのだが、私とサビラギ様とユメニシ陛下の立場、それよりなにより、軍事的問題が出てくるというのだ。
端的にいうと、私が勇者ということで、少なくても長老会の神使院(と、いうものがあるらしい)は、ほとんど根回しが終わっており、それに対する獣王院も、ある程度根回し済みだったところに、この完璧な勇者が現れると、おそらく長老院が割れるだろうということだ。
ちなみにユメニシ陛下は神使院の筆頭でもあるが、厳密にいうと女王として、かつ議長として議事の場合は抜ける立場にある。
それはさておき、チャチャの件は特に獣王院のネコ科の亜人族を束ねる獅子王がだまってはおらず、自分の陣営にチャチャを寄越すようにいってくることも想定される。
これは残念ながら単にチャチャと私達が離れ離れになってしまうという事を心配しているわけではなく、今回の勇者認定騒ぎは、あくまでもサビラギ様の跡継ぎとしての特殊戦力の配置にユメニシ陛下やサビラギ様は重きを置いているのが問題なのだ。
つまり、ネローネ帝国のバックアップを受けて、かつてはアサーキ共和国の領地だったネネの街を結果的に手にした新教会を二人は一番警戒しており、ネネの隣街であり、新教会との最前線になりうるウルーシの街を防御拠点にして、ウシトラ温泉街を補給や兵の招集用に、もしも勇者かそれに類する特殊戦力が出てきた場合、稲白鬼の里からサビラギ様達が出動して蹂躙する。と、いうのが防衛の基本コンセプトらしいのだ。
ちなみに大聖神国街がある場所も、かつては亜人族の聖地でもあったらしい。
それとは別に大聖神国街からウルキの街への山間ルートは、要所要所のほど近い場所に亜人族の集落があり、先ほどの獅子王の縄張りもあるので、基本ゲリラ戦でウルキに敵兵が辿り着くまでに補給線を含め戦線を壊滅させる。という方針らしい。
そういう意味では、チャチャを獅子王側にという考えは間違っていないように思えるが、二人はネネの街からの侵攻の方に重みをおいているようだ。
たぶん、歴史的な経緯があるんだろうな。
簡単にまとめると、二人は稲白鬼の里、あるいはウシトラ温泉街、ウルーシの街に勇者がいて欲しく、そのつもりで根回しが終わっているところに、別ルート用の完璧な亜人族の勇者であるチャチャが現れた。というのが現状だ。
素直に紹介すれば揉めるのは必定。
その上、勇者召喚は基本的に1国1名、しかも魔王が現れた時だけ、という三国協定もある。
魔王が現れた時、という方はなんとかするらしいが、2名も召喚した形になると、三国協定を破ってしまった形になるのでマズイ。と、いうわけだ。
うーん、立場のある人は大変だなぁ。というのが正直な感想なのだが、結局のところ
1.私をアサーキ共和国の勇者にして、チャチャのことは隠す
2.チャチャをアサーキ共和国の勇者にして、私のことは隠す
3.両方とも勇者として、なんとか理屈をつける
4.二人共、公式の勇者にはならない(少なくてもサビラギ様が元気なうちは)
の、四択だよな。
サオリです。
お母様が早め早めに動いていたのが裏目に出た様子です。
確かに亜人族の感情としては、チャチャちゃんの方が望ましい勇者ではあるのですが……。
次回、第八七三話 「長老会」
なにより、他の亜人族も勇者になりうる、という希望も含みますしね。




