第八十六話 「生贄」
「「生贄?」」
「そうッス。このエグザルの街を含む十二新興街の歓楽街は元々迷宮への生贄なんッス。」
「詳しく聞いても大丈夫な話かい?」
「長くなってもいいなら説明するッスよ?」
「じゃあ、お願いするよ。」
「わかったッス。」
そういってミツキはメガネのつるの位置を揃えた右手の指で整える。
女教師っぽい仕草だが、格好がバニーガールなので変な感じだ。
「そもそも基本的に十二振興街は最初の魔王が現れた後に迷宮が見つかり、それを中心に近隣の町や村を巻き込んで栄えた街の総称ッス。
基本的にというのは、このエグザルの街だけは新迷宮で魔王が現れる前にも旧迷宮で栄えてたからッス。
逆にいうとエグザルの街の発展の仕方が他の十二振興街のベースになっているッス。
ここまで良いッスか?」
ミツキの問いにうなずく。
十二振興街というのは、前にサナの故郷の場所の件でロマから教えてもらった、大聖神国街を中心として時計の文字盤のような配置で円を描くように並んでいる十二の街のことだ。
ちなみにこのエグザルの街は8時の位置に当たるらしい。
「今のように公社も探求者ギルドもない時代に、腕自慢や、兵士崩れや盗賊崩れも含んだ真っ当な仕事が出来ない人間が、一山当てようと迷宮に集まってきたのが街の最初ッス。
そうなると当然、周辺の村や町は、あっという間に治安が悪くなったッス。
一帯が盗み、傷害、強盗、人さらい、強姦、輪姦なんでもありの無法地帯になるのはあっと言う間だったッスが、それを問題視して国が迷宮開発公社を作り、迷宮のルールを決め、迷宮から取れる様々な物品を合法的に金にできる方法をつくりあげる事によって少しづつ治安は良くなっていったッス。
それ以後、治安が良くなってきたところに改めて国が乗り出して街にして衛兵を置き、開発公社も管理公社と名前を改め、迷宮の管理の一部や探求者同士のルールづくりの一部を探索者ギルドに任せるようになって、治安はみるみる良くなっていったッス。例外を除いて。」
「その例外とは?」
ここからが本題のようだ。
「人さらいや強姦関係が思ったより減らなかったんス。
基本、血の気の多い社会不適合者の探求者が今日死ぬかもしれない、明日死ぬかもしれないっていう生活をこの街でおくる訳ッス。
そうなると生存本能というか種族維持の本能ってやつからか男は女を抱きたくなるらしいッスね?
それが原因だろうと言われてるッス。
特に昔は今ほど迷宮の出入りがキッチリしていないので、攫って犯して迷宮に捨てて食わせる。なんてことも多かったらしいッス。
いや、もともとは街にも娼婦も集まって来てたんスよ?
ただ客層が悪すぎて娼婦側も敬遠しはじめたんス。
そうなると数も質も悪くなるもんスから、大金だすくらいならそこらの女を…って悪循環に陥ったんス。
ろくでもない話ッスよね?」
ミツキはアメリカンな感じのやれやれポーズをとっている。
まったくだ。
「とはいえ、迷宮から物品を掘り出すのには探求者は不可欠、かといって治安維持も大事と考えた国と公社が取った手段が、『犯罪奴隷に強制的に娼婦をやらせる。』という選択肢だったッス。
実際には圧倒的に数が足りなくて、犯罪奴隷に『された』女もいたとかいう噂もありますが、結局、経済奴隷も合わせて、迷宮の近くに奴隷による強制娼館が出来上がったッス。
公社やらギルドやらがバックについて、安く発散できる場所を迷宮周辺につくることにより、一般の女に対する防波堤にする。
これが治安維持としては大当たりだったッス。
近くに飲み屋街もでき、冒険者のあぶく銭が街に還元されるというメリットも含め、迷宮周辺のスタンダードな形になっていったッス。」
なるほど。
迷宮の近くは探求者への利便性が高いと思ってはいたが、サービスというよりは探求者の隔離政策だったのか。
言われてみれば、探求者は基本、噴水広場より先には行く必要がないようになっている。
噴水広場周辺に衛兵の詰め所を含む行政関係が集約しているのも、そこがボーダーラインなせいなのだろう。
「強制娼館の怖いところは『自分の意志で身体を売ることが出来ない事』ッス。
娼婦だって商売ッス。先の話でもあったように客が悪ければ断ることだってあるッス。それは店側だって同じッス。
だけど強制娼館の娼婦側はそれが出来ないッス。
店側が配慮してくれなければ奴隷として逆らうことが出来ないッス。
そのため、『年季を明けることができる娼婦の数は一般の娼館の半分以下』と言われているッス。」
つまり、一度入ると生きては帰れない率が高いということだ。
ただでさえ性病や堕胎で身体にダメージが大きい商売な上に、客質も悪いとなると、これはもう文字通り死活問題だろう。
「それでも強制娼館は治安の維持のために必要ッス。迷宮が金になるように維持するために探求者も必要ッス。街が発展するためには両方必要ッス。だから…」
「奴隷娼婦は迷宮のための生贄なのか。」
「そうッス。」
理屈はわかった。
街の女達を護るための防波堤、治安を維持するための城壁、迷宮を回すための潤滑油、全て街と迷宮の発展のために必要なのだろう。
単に善悪という話でもないのもわかった。
だが…
「それを聞いてしまうと、なおさら放ってはおけないな。なあ、サナ。」
「お父さん…」
「なあ、ミツキちゃん…」
「ミツキでいいッスよ、パパさん。」
「じゃあ、ミツキ。相談があるのだけど。」
「なんスか?」
「私の奴隷にならないか?」