第八十一話 「魔力充填」
使用サンプルとして用意されたのは火が出るタイプのコンロだ。
外見は25センチ四方くらいの小型のカセットコンロだが、本来ガスボンベが入るスペースがフラットで小さな火力調整用のつまみが直角ではなく水平の位置についている。
その反対側の端からちょっと離れた所にはコーヒーミルのようなレバーがついており、ここに魔素核を入れ、削って粉末状にして魔力を取り出すそうな。
中央には魔素核に似た宝石のような物がついており、全体としての高さは五徳を抜いて5センチくらいだ。
もちろん魔素核だけじゃなく魔力を充填しても使えるタイプなので、一応変な名前とはいえ魔法が使える身の私から魔力の充填を試してみる。
本来ガスボンベが入るスペースを両手で挟むように触れる。
店員さんの説明だと、魔力を右手から左手に流すようにして充填するらしい。
言葉でいうのは簡単だが魔力なんて意識したことが無い。
なんとなく気功法の要領で、身体の中を気ではなく魔力が巡回するようなイメージを浮かべ、それを右手から左手へ流すと、わずかに引っかかるような抵抗がある。
店員さん曰く、それを感じられるなら筋がいいらしい。
そこから最初は少しずつゆっくり、抵抗が少なくなるに合わせて多く魔力を流せとのことなので、そのようにイメージしながら魔力を充填していくと、中央にある宝石に少しずつ魔素核の色を淡くしたような色がついてゆく。
なんとなく感覚がわかったところで店員に止められた。
これだけできれば長時間の煮炊きはともかく、焼き物くらいは大丈夫だとのことだ。
あと、もともと長時間の煮炊きには魔素核を使うことが推奨らしい。
その方が火力が安定するそうな。
コンロを新しいのに替え、サナにも自分の掴んだ感覚を説明して試してもらう。
「が、がんばります。」
そんな緊張しなくても。
真剣な顔をして両手に力をいれるサナ。
「たぶん、力抜いてリラックスした方が流れやすいと思うよ?」
「あ、はい。」
と、いうものの、やっぱりカチカチでぎこちない。
これじゃ流れるものも流れなさそうだ。
案の定、宝石に色はつかない。
店員さんは、それが普通だといって励ますが、サナはちょっと落ち込んでいるようだ。
ギルドマスターもサナには魔法使いの適正がありそうな事をいっていたし、ステータス的にもサナは魔法職に適正がありそうなんだけどな。
コンロを両手で挟んだまま落ち込んでいるサナを後ろから焼き物のろくろの指導をする時みたいな感じで支えるように抱き、サナの両手に自分の両手を重ねる。
「サナ、今【感覚強化】使える?」
「あ、はい。使えます。」
「じゃあ、使って私の全てを感じて。その中に魔力の流れもあるだろうから。
「は、はい!【感覚強化】」
「いくよ。」
目をつむり先程と同じように魔力を自分の身体に巡回させる。
頭から首を通り両肩、両腕から両手まで回して戻り、胸の中心から下腹部まで降ろし、両脚から足先まで回して戻り、今度は背骨を通るように脳天まであげ、もう一度同じルートで胸へ。
今度は触れ合っているサナの背中から肩、腕から両手との境界を曖昧にイメージして、自分の身体の一部のように感じながらもう一周。
「あっ」
サナが声を上がるがそのまま続ける。
次にサナと自分が一体化したようなイメージでもう一周したあと、最後に右手から左手に魔力を流す。
「お、やりましたね。」
遠くで店員の声がしたような気がしたので目を開けるとコンロの宝石に色が付き始めていたので、そのままゆっくりとサナから離れる。
私が離れても宝石の色はどんどん濃さを増して言っている。
むしろ私がやるよりスムーズなくらいだ。
「少しずつ流れを強くしてごらん。」
「はい。」
宝石が色づくスピードが目に見えて早くなった。
「はい、そこまでです。あまり魔力入れてしまうと抜くの大変なので、それくらいにしてください。」
店員に言われて手を放し、こちらを見るサナ。
額に軽く汗をかいているが笑顔のドヤ顔だ。
カワイイ。
「やっぱりサナには魔法の才能がありそうだね。」
「これなら一人でもコンロ使えます。ありがとうお父さん!」
抱き着いてきたサナを撫でながら店員に頭を下げておく。
結局火が出るタイプのコンロで魔力も充填できるし魔素核を使うこともできるものを2つ買った。
ご飯や味噌汁を作ることを考えると1個だと使いづらく、2個口だと携帯性が下がるからだ。
その他にもこの店で細々としたものを買う。
アウトドア派というほどではないが、キャンプの経験が少なくない私と、料理には少し自信のあるサナとで、あーでもないこーでもないと話しながらの買い物は楽しく、ちょっとしたデート状態だったのでサナは終始ご機嫌だった。
今はおかみさんのお薦めの店で調味料類を選んでいる。
この分野ではサナが独壇場だ。
私は、「ああ、この世界でもこの調味料あるんだな。」とか、味見をさせて貰っては「スキル【共通大陸語】で類似品に名前が翻訳されているだけで、厳密にいうと違う物品っぽい。」とか、そんな事を考えながら店内を眺めている。
湿気を吸わせるためか木製のアタッシュケースのような調味料入れがちょっと格好いい。
サイズ的に画材入れっぽくも見えるが、中に小さな仕切りがついており、そこに四角い小瓶や缶が入るような感じになっている。
瓶は陶器とガラスの2種類がある。
当然のように値段は陶器よりガラス製の方が高く、色分けされた陶器の瓶や缶はその中間くらいだ。
調味料は探索者の一日の楽しみの一つである食を彩るため、野営をするタイプの探索者には密かな人気商品だそうな。
この前、眼鏡をかけた服屋の店員を見た時にも思ったのだが、値段は高いものの文化レベルのわりに透明度の高いガラス製品が思ったよりある。
ひょっとしたらガラスの材料どころかガラス自体が迷宮のモンスターのドロップ品としてあるのかもしれない。
ポーションのように高価で命に関わる上、中身が確認できないと困る液体の流通が技術発展を促したとかいうパターンもありそうだが。
特に体力回復ポーションは最低品質でも銀貨50枚、普通は金貨1枚からが公社の相場らしいので命にかかわるとはいえ相当高価な品物だしな。
ちなみに魔力回復ポーションの方が安い。
材料が安いのか効果が見えづらいからなのかは分からないが、体力回復ポーションに比べグレードに対する価格帯が途中からガクンと上がるところを見ると後者の気がする。
それはさておき、視認性の高いガラスの瓶か割れない缶のどっちがいいかと考えていたが、サナの「容器からは直接料理に調味料を入れないので。」との一言で、醤油のような液体の調味料だけを瓶に、固形の調味料は全部缶の方にした。
板金技術の関係か缶からは液体が漏れることが多いそうな。
ちなみに味噌は間を取って陶器の容器にしている。
これで今日の買い物の目的はだいたい達成したかな?
と思っていたら、サナが早速昼ごはんの材料を買いたいというので、食品店街へ向かうことにする。
そういやまだ米も買ってなかったし。
生き生きとしているサナの笑顔を見ながら、自分のバックパックに詰めた今日の買い物をメニュー欄からアイテムへ仕舞う。
今日はサナが楽しそうで何よりだ。




