第七六一話 「それぞれの午後」
昼食を終え、サオリさんは早速、早乙女家へ。
サナは後片付けが終わった後、離れの台所を自分の使いやすいように模様替えをすると張り切っている。
自分が納得するまでやりたいというサナの意向で、手伝おうとしていたチャチャとミツキは私と一緒に邪魔にならないよう一階の店舗部分に集まっていた。
チャチャは鬼族語の文字の勉強として、アエさんから借りたサツキちゃんのお下がりの絵本を読んでいる。
8歳のサツキちゃんはもう読まないが、5歳のシロ君にはまだ早い絵本だというので、ざっくり小学生1~2年生くらいを対象としたレベルなのだろうか?
うにゃうにゃ言いながら楽しそうに読んでいたが、ミツキにちゃんと音読した方が覚えやすいとアドバイスされて、今では膝に乗せている私が読み聞かせされているような状態だ。
で、そのミツキはというと、
「あ~、これ一回丸暗記するしかなさそうッスね~。」
と、薬のレシピ集を片手に頭を抱えていた。
レシピ集というと聞こえがいいが、形としては大福帳。
何冊もあるそれには手書きで薬の効果やら調合レシピやらが書き写されている。
人によっては読むだけで大変そうだが、ミツキは読む分には何でもなさそうだ。
「丸暗記って大変じゃない?」
「大変ッスよ?」
食い気味に答えるミツキ。
なんでも、用語は辞典があり、調合技術に関しては指南書みたいなものがあったので何とかなりそうだが、問題はレシピの方なのだそうな。
薬を集めた人が最初から薬剤師になるつもりでレシピを集めたのなら、初級から中級、そして上級へと、順々にステップを踏んで書き写されているだろうが、この離れに残されているレシピは、基本的には早乙女家の持病ともいえる癌を癒すことを目的に集められたものだ。
なのでレシピ的には、いきなりハイレベルからスタートなのだ。
で、そこから逆順に必要な薬剤を調合するようなレシピが集められていたり、逆に途中から急に初級っぽいレシピが書かれていたり、ミツキ曰く迷走している感じ、なのだそうな。
まあ、癌の治療なんて元の世界でも民間療法に向かって迷走したりするくらいだから、この世界ではさもありなん。
基礎からじっくり固めて覚えていきたいミツキにとっては、一回丸暗記して、頭の中で整理してからじゃないと、系統だった説明が出来ないと唸っている。
そういや、ミツキの目的としては作るための薬学じゃなく説明するための薬学が必要なんだな。
「いっそ1からレシピ集めなおした方が楽な感じするッスけど、それって、なんらかのギルド案件ッスよね。」
大福帳、じゃなかった、レシピ集をひらひらというかブラブラさせながらミツキがボヤいている。
それを一冊手に取り、パラパラとめくってみるが、覚えるといってもな、というくらいびっしりと書き込まれており、眺めているだけでめげそうになる。
「データとして取り込んで、フィルタかけたり、ソートでもしたら、少しは覚えやすくなりそうだがなぁ……。」
「なんスかそれ?」
>特性【自炊】を習得
ミツキの問いかけとほぼ同時に、なんか覚えた。
なんだ自炊って?調理スキル……は、もう淫スキル【裸エプロン】持っているし……。
そんなことを考えながら、メニューから特性【自炊】を選び、説明文を読んでいく。
なになに?本来は書籍の内容をデジタルデータにすることを俗語で自炊というのか。
で、この能力の場合、見聞きした内容をデータとしてメニューの中に取り込むことができる能力らしい。
どっちかというとOCRとか文字起こしアプリみたいな感じだな。
ん?何か選択肢が出ている。
と、これは、ミツキからアイテム欄に預かっている本の名前だな。
なるほど、いちいち読まなくてもアイテム欄に入れれば【自炊】の対象になるのか。
「ミツキ、ちょっとレシピ集一式貸して。」
「ん?何かあったんスか?」
不思議そうな顔をしながらも、私に次々とレシピ集を手渡してくるミツキ。
それを片っ端からメニューのアイテム欄に入れ、【自炊】の対象にしていく。
メニュー欄のデータという項目の中に、フォルダができ、レシピ集の名前と連続した番号、おそらく日付と時間かな?が並んでいく。
「なんかととさん、きょろきょろしてるにゃよ?」
絵本を読むのを止め、私とミツキのやりとりを見ていたチャチャにそう突っ込まれる。
視界内のメニュー操作だと、どうしてもそうなっちゃうんだよな。
不審者過ぎるので、特性【ビジュアライズ】で可視化しよう。
チャチャにゃ!
チャチャ、いっぱいおべんきょしたから、これくらいならスラスラ読めるのにゃー。
読め……よ……
次回、第七六二話 「自炊」
ととさん、これなんて読むにゃ?




