第七四一話 「ジョッキで一杯」
とか、思っていると、ミツキがひょいと一欠け氷を取って口に頬張る。
「冷たくて美味しいッスね。」
「あ、あたしも。」
「う、うにゃ?」
ミツキに続いたサナを見ながらも、自分もして良いのか迷っているようなチャチャにも、一欠け取って口にいれてやる。
「ひゅめたいにゃ」
なんとなく言ってることは分かる。
今日はデザートに、かき氷ってのもアリだな。
台所にかき氷機がないか後であさってみよう。
「こうして、氷を詰めると、遠回りしたビールが氷に冷やされた状態で、注ぎ口から出るんだ。」
そういいながら、今度はジョッキを構え、タップを前に倒す。
「泡しか出ないにゃよ?」
「えーと、ビールさんは外に出たがって興奮してる間は泡になるんだ。」
チャチャにも分かりやすいようにそう説明しているうちに、黄金色のビールが姿を現す。
「落ち着いてきたみたいですね。」
「あはは。」
サナの言葉に思わず笑みがこぼれる。
ジョッキを変え、改めてビールを注ぎ直し、最後にタップを逆に倒し、泡を溜め、ビールらしいフォルムにした。
「これで、完成。」
「後ろに倒すと、また興奮するんスね。」
うーん、興奮って表現は間違いだったろうか?
なんか変な感じだ。
「試しにサオリさん、飲んでみてください。
のどごしを味わうように、ゴクゴクと勢いよく飲むのがオススメですよ。」
「先にいいんですか?」
ちょっと遠慮がちにジョッキを受け取り、少し緊張した趣きで口元に構えるサオリさん。
「どうぞ。」
みんなの視線がサオリさんに集中すると、覚悟を決めたかのようにサオリさんがジョッキを傾ける。
コクッ、コクッ、コクッと三度鳴る喉。
その後、一拍置いて、ぷはーと大きく息を吐く。
「これ、美味しいですね!
前に飲んだ缶のものより美味しいです!」
目を輝かしてそう力説するサオリさん。
この暑い夏の盛りにキンキンに冷えた生ビールだ、不味いはずがない。
よし、少なくても寂しく一人だけでビールを飲む事態だけは避けられそうだ。
▽▽▽▽▽
網の上でジュウジュウと牛タンが音を立てている。
もう数十秒もすれば食べごろだろう。
キンキンに冷えたビールジョッキは既にみんなの手に渡っている。
「苦くて飲めなかったら私が飲むから、残してもいいからね。」と、声はかけてあるものの、先程のサオリさんのデモンストレーションが良かったのか、みんなワクワク顔である。
私が元いた世界の肉とお酒だよ。という説明も興味を引いたのかもしれない。
サナなんて、「よくこんなにお肉を薄く切れますね」なんて、変なところで感心していた。
ミートスライサーだっけな?
肉を薄く切る技術は、刃物の質もそうだが、冷凍技術の進歩も影響してたりするのかもしれないな。
「それじゃ、みんな、お仕事お疲れ様。
今日は、いっぱい食べて、飲んで、楽しんでね。乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
ガチャンとジョッキをぶつけ合わせ、その反動を使うようにして、それを唇へといざない、傾け、泡をかき分けるように流れ込んでくる黄金色のビールを、舌で、いや、喉で味わう。
今は、口の中から食道を通り、胃へと流れ落ちる黄金の滝の感触だけを楽しみ、呼吸をするのを思い出してから初めてジョッキを口から離す。
先程までビールの通り道だった喉が、まるで深呼吸した後のように、今度は吐く息の通り道に変化して、身体全体が緊張と緩和の差異に震える。
「「「「「ぷふぁー!」」」」」
一息で飲んだビールの量は、それれぞれ違うだろうが、吐く息は、なぜか揃い、一拍置いて笑いが起こる。
よし、今晩は楽しもう。
ミツキッス。
冷たいビールが飲みたい。ってだけで、これだけの技術をつぎ込むって、パパの元いたい世界って凄いッスね。
それ言ったら、この建物にある家電?だったッスか?は、みんな凄いものばかりッスけど。
次回、第七四二話 「ミツキと寝室」
ぷはー、うん、ビール、これ、アタシは好きかもッス。




