第七二八話 「術後」
舞台袖から近寄ってくるサビラギ様に向かって、サナブリ様は、スッと席を立つたかと思うと、一瞬コケたかのように身体を傾けた。
が、その瞬間、まるでコマ送りならぬコマが飛んだかのように接近して、左ストレートを放った。
肩の入った、それはボクシングのものというより中国拳法を思わせる。
サビラギ様は顔面に向けられたそれを、紙一重で躱し、その動きのままカウンターを狙ったかのような上段後ろ回し蹴りを放つが、サナブリ様はスウェー、いや、両手を胸の前に揃え小さく身を屈めた構えで躱し、そのまま両方の掌底でサビラギ様の腹を狙う。
確実に捉えられたというそのコンパクトな攻撃を体操の鞍馬のように足場、いや、手の置き場にし、宙を舞ってサナブリ様の背後につくサビラギ様。
その身体を虹を描くようなサナブリ様の裏拳が追うが、着地と同時にそれを外側に払うサビラギ様と、その力を利用してか、素早く向き直ったサナブリ様が対面する。
既に間合いは中国拳法やボクシングというよりムエタイを思わせる近さだ。
この距離で突きだけではなく肘も含めたサナブリ様のラッシュを全て躱すことはサビラギ様でも無理なようで、パン、パン、パンと手で払う音が響き渡るが、その音がしばらくすると、キン、キン、キン、という高い音に変わっていた。
リズム良く鳴っていたその音が、一瞬止む。
高速で回っていたかのようなサナブリ様の両手が、ほんの一瞬、止み、そして揃い、両方の掌底でサビラギ様の胸を斜め上に押した。
不意をつれたその一撃にサビラギ様の身体が一瞬宙に浮く。
そこに大きく弓を引くかのように引き絞られたサナブリ様の右腕が閃光のように突き刺さると、カン!という大きな音が集会場に響き渡る。
いつの間にかガントレットのようなものを両手に纏っていたサナブリ様の一撃は、同じものを纏っているサビラギ様の十字受けに阻まれたが、その身体ごと、天井にでも刺さりそうな勢いだ。
だが、軽く宙を舞って体制を整えたサビラギ様が、【金剛結界】を足場に、その勢いを殺し、何事もなかったかのようにステージの上へと、降りてくる。
「どうですか?術後の調子は?」
今の攻防が何事も無かったかのように声をかけるサビラギ様。
「ふむ、悪くない。これなら、もう1回くらい年越しに顔を出せるかねぇ。」
再びダンベルでトレーニングでもするような腕の動きをさせながら、腕に纏ったガントレットを消すサナブリ様。
もしかしてそれ、金剛結界で作ってたりする?
たぶん、あれ同士がぶつかり合って高い音を出してたんだな。
集会場はサナブリ様とサビラギ様の演舞?で大盛りあがりだ。
これは後から聞いた話なのだが、サナブリ様はサビラギ様の【格闘】の師匠でもあり、『碧拳』という二つ名持ちなのだそうな。
ちなみにレベル47のモンク。
あれでも足技を出していない分、手加減はしていたようだ。
集会場に集まっている見た目、サオリさんくらいの年代の女性が、また碧拳様と金剛姫様の演舞が見れるなんて!と、感極まっている。
っていうか、病に侵される前は、ちょいちょいやってたのね、こういうこと。
「この場には知っていた者も多いだろうが、あたしは年と病で、ろくに手を上げることも叶わなくなっていた。」
バッとステージ下を鎮めるようにその手を上げ、サナブリ様が話し始める。
「それが、勇者殿とその家族達のおかげで、こうして不自由なく動かせるようになった。
このまま迷宮に眠るのが、さだめだとは思っていたが、今年の年越しくらいは手土産を持って帰れそうだ。感謝する。」
そういって、私に向かい頭を下げるサナブリ様。
「見ての通り、勇者殿の治療の腕は確かだ。
里の皆も安心して、診断を受けて欲しい。」
今度はステージ下に向かって頭を下げるサナブリ様。
つられて集会場に集まっている人達も頭を下げる。
「それにしても急にはやめてくださいよ。危ないじゃないですか。」
そんなサナブリ様に改めて近づき、声をかけるサビラギ様。
「あたしの『碧拳』を受けきっておいて、何いうんだい。
ま、最後の十字受けは良かったよ。
威力をかなり殺してた。」
「なにせ師匠がいいですからね。」
そういって笑い合う二人に、なぜか拍手が起こる。
「楽しそうにゃねー。」というチャチャの感想が、なんとなく心に残った。
チャチャにゃ!
お婆ちゃんたち、楽しそうにじゃれてたにゃ。
キンキンキンキンって、凄い手の速さだったにゃぁ。
大婆ちゃんも元気になって良かったにゃ。
次回、第七二九話 「診断」
うにゃ?今のうちにお薬飲むのにゃ?




