第七二一話 「思えば遠くへ」
サナは、そのままスルスルと私に背中を預けるように寝そべっていき、私のもう片方の胡座に頭を置こうとしているので、下敷きにならないよう、その瞬間だけミツキの両うさ耳を持ってやってやり、サナが仰向けに横になった頃を見計らって戻す。
アイマスクというか、サナの両目の上にミツキの両うさ耳が乗っかってしまっている状態なのだが、特に不満はないようだ。
まぶたと手で、そのうさ耳の感触を楽しんでいる感もある。
わかる。
ビロードみたいな手触りで、触り心地いいもんな、ミツキのうさ耳。
「……お父さんも、アエ姉さんのご飯の方が美味しい?」
「いや?サナの方が美味しい。というか口に合う、と言ったほうが正しいかな?」
「そこは嘘でもはっきり美味しいていうところッスよ。でもアタシも同感ッス。」
確かに料理の腕という面ではアエさんの料理の方がサナより若干洗練されているのだが、サナの料理は私やミツキ、そしておそらくサオリさんやチャチャに合わせて味付けを買えているのか、非常に口に合う。
アエさんの料理が味の好みの最大公約数的な味付けなら、サナの料理は私達カスタムなのだ。
「だから、サナの料理はいつも楽しみにしているよ。
でも、今は里を救うために、サナも、ミツキも、チャチャも頑張っているから、忙しいと思って気を利かせてくれてるんだろう。
落ち着くまではアエさんに甘えてもいいんじゃないか?」
「うーん……。」
いないいないばあをするように両手で両目を抑えるサナ。
ちなみにミツキのうさ耳も巻き添えでサンドされている。
「それにしても……」
胡座の前に特性【ビジュアライズ】で里のマップを出して、二人の肩をつつくと、二人共仰向けから横向きにと寝転び方を変えた。
相変わらずミツキのうさ耳がサナの目隠しになっているので、つまんでサナの後頭側に動かしてやる。
「早乙女家系の井戸を浄化し終わったっていってたけど、場所だとどの辺りになるんだい?」
「えーと、ここと、ここと……」
「ここもッスね。あと、ここ?いやこっちッスか。」
サナとミツキが指差した井戸の場所を順次マーキングしていく。
「おー、思った以上に多いな、ありがとう。」
両方の胡座の上にある頭を撫でてやりながら、里のマップを水脈マップと重ねていく。
里を流れる水脈は大きくわけて2系統。
地上を流れる水脈、つまり川と、地下水脈の2つだ。
川は先程調べた段階でもう「鬼灯水」ではなくなっていたので、明日には下流の方ももう大丈夫だろう。
地下水脈の方は、そこから更に3系統に分かれていて、すぐ地上に出てきている湧き水と、地底湖ほど深くないものの里のかなりの面積に薄く広く分布している湖状の層と、純粋に地下を川状に流れている水脈がある。
昨日からサナ達が浄化してまわっていた早乙女家系の井戸は、この湖状の層の上に点在していたのだ。
これなら、
「ひょっとしたら、この一帯、全部が浄化し終わってるかもしれないな。」
「ここ全体の鬼灯水が薄まってるかも?ってことッスか?」
湖状の層を、うちわで指し示すミツキ。
さすが理解が早い。
「もしもまだでも、この辺りを中心に浄化していけば、効率良さそうだね。」
オセロほどはっきりと色分けがされるわけではないが、浄化された井戸と井戸の間は当然、鬼灯水の濃度が低くなっているはず。
それに加えて、上流からは浄化し終わった地底湖の水が入ってくるはずだから、希釈はもっともっと早いはずだ。
「もしかして、あたしたち、結構頑張った?」
「結構どころが、凄く頑張ってる。
実質、里を救ってるのは、サナとミツキとチャチャだといっても過言じゃないよ?」
実際、水質浄化は二人がいないとどうにもならなかったし、よく考えれば鬼灯提灯手長海老にトドメ刺したのもサナだしな。
サナは無事、里に帰れたどころか、今や故郷に錦を飾っているといっても良いだろう。
エグザルの街でウロウロしていた頃の事を思い出せば、思えば遠くへ来たもんだと、しみじみ感じてしまうな。
ミツキッス。
サナちーは自己評価低いっていうか、お料理とご奉仕だけが取り柄ーみたいな感じに思ってるっぽいッスけど、勇者パパが目立つだけで、普通に考えて里の英雄だと思うんスよね。
次回、第七二二話 「夜長」
まぁ、元々、里の中での評価も低かったみたいなので、そう思っちゃうのは分かるんスけど……。




