第七一〇話 「白家の聖域」
「遅かったな。」
「色々と準備がありまして。」
白家本家に到着したのは、先程から1時間ほど経った後だった。
メンバーは、私、サナ、ミツキ、チャチャの4人で、迷宮用のフル装備で来ている。
「まあ良い。ここからしばらく歩くゆえ、ついてまいれ。」
白家の嫗が、その丸い身体を翻し、山の方へと歩いていく。
こちらも詮議の時と同じように白地の種族衣装で、正装のようだ。
やがて森に入り、しばらく歩いた後、上り坂に石段が見え始めた。
これで鳥居でもあったら、まるっきり神社への石段だと思えるような造りで、木々の間を縫うように上へ上へと伸びていっている。
白味がかったその石段はまるで山に川が流れているかのようにも見える。
白家の嫗はその石段に一礼すると、音も立てずに登っていった。
▽▽▽▽▽
「あの、一ついいッスか?」
「なんじゃ?」
黙々と階段をあがる沈黙に耐えきれなかったのか、ミツキが声を上げるが、白家の嫗は先頭から振り返りもせず声を返す。
「これから向かう白家の聖域って、どんなところなんスか?」
「ふむ。」
しばし沈黙があったものの、思うところがあったのか、思ったより素直に白家の嫗はその問いに答えてくれた。
曰く、白鬼族がこの地に根付くきっかけとなった場所なのだそうな。
はるか昔、白家のご先祖が森に迷い、たどり着いた洞窟。
そこには、なみなみと水を満たした地底湖があり、ご先祖が入ってきた側とは別の出口からは、山々に囲まれつつも、何本もの川が流れる大きな平野が広がっていたのだという。
勿論、平野といっても草原だったというわけではなく、当初は木々が生い茂り、開拓の苦労は相当なものだったようだが、白鬼族4家は力を合わせ、今の里の元を作り上げたのだそうな。
「うにゃ?一つ足りないにゃ。」
話を聞きながら指折り数えていたチャチャがそう声を上げる。
「早乙女家が出来るのは、その更に後、魔王が現れた時からじゃよ。
それまでは、白家が族長の血筋だったんじゃ。」
「そうだったんですか?!」
白家の嫗のその言葉に一番驚いたのはサナだった。
そりゃ生まれた時から族長の家で育っていたのだから、それが当然のことだと思っていたのだろう。
白鬼族の族長が白家じゃなくて、早乙女家だということは、確かに私も変に思っていた。
「もしかして、早乙女家は魔王戦で名前を上げた家なんですか?」
「名を上げたか…たしかに、そうではあるが、ふむ……。
白家は白鬼族を護る一族じゃ。
だが、人族との争いや、魔王戦で、白鬼族自体が亜人族を護る一族としての旗印となった。
それを武力で率いる事が出来たのが、早乙女家じゃよ。」
白家は護りの力の方が本業じゃしな。と、言葉を繋げながら、白家の嫗は階段を上がっていく。
その後も、ちょうど最初の魔王戦の後、里に迷宮が発生し、重要度が増した里を隠れ里とするため、白家が地底湖に術式を組み込み、現在の霧の結界を作ったとか、迷宮の規模が拡大するにつれて、結界の力が強まり、結界守などの追加基点がなくても、里全体を隠し通せるようになったとか、中々興味深いことも話してくれた。
中でも、迷宮は、血、肉、命、魂、欲、願い、諸々を喰い、そして成長していく生き物のようなものという話は、他の迷宮と違って、生活必需品を中心にドロップする里の迷宮の特異性を証明しているように聞こえた。
その迷宮に入る者がそれを望むから迷宮はそれを与えるのだ。と、白家の嫗は言う。
探索者がそれを、次の強い力を望むから、他の迷宮では、別の素材を落とすのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、しめ縄が飾ってある洞窟の入り口へとたどり着いた。
と、いうか……
「水が落ちてくにゃ。」
「洞窟の入り口というより、排水溝みたいッスね。」
どちらかというと、滝の上に出たという方が、イメージ的に近い感じがする。
サナです。
あたし、てっきり早乙女家が昔からずっと族長をしていたんだと思いこんでいました。
そうですよね、白家が白鬼族の族長って方が、名前的にもしっくりきますよね。
そっかー、そうだったんだー。
次回、第七一一話 「地底湖」
人族との争いが無くなり、平和な世になれば、再び白家が族長になるという約定はあるけども、そんな世はこないだろうとの白家の嫗様の言葉が印象的でした。




