第六九一話 「ケイジョウ」
「ケイジョウ?」
「白家の分家の男でな、里の生活が嫌だと出て行ったのだが、数年たった後、新教会の信者を連れて里に戻ってきたのだ。
それがちょうど、その頃の話だ。」
「婿殿のように里外部の者が、里に滞在できる期間が短くなった原因がケイジョウじゃよ。」
白家の嫗の言葉にサビラギ様が補足を入れる。
「何が、あったんです?」
「天父神様に帰依した、いや、新教に転んだというほうが正しいか……」
白家の嫗様は苦虫を噛み潰したような顔でぽつりぽつりと語り始めた。
ある日そのケイジョウという男は、6人の女と一人の男を連れて里に帰ってくるなり、新教の啓蒙と人族の世界で生きることを里の男たちに薦め始めたのだ。
その頃の結界は今ほど強固ではなく、里出身の者が導けば、それくらいの人数を里に呼び込むことは可能だったらしい。
男は多少歳はいっているものの人族にしては恰幅の良い美丈夫、女たちも角こそないものの、豊満な肢体の美女ばかり、しかのそのうち2人はケイジョウの妻だという。
ケイジョウ曰く、外の世界は、この里なんかよりも、たくさんの面白可笑しいものある。
迷宮に潜れる力があれば、俺のように金も女も思うがままだ。
新教は人族の世界で俺たちが生きる手伝いをしてくれる。
皆も新教に帰依して俺のように楽しく生きよう。
それに何より人族の世界は男の方が偉い。
お前らだって女にかしづいて生活するのはうんざりだろう。
今なら、ほら、残りの女はお前の、お前だけに尽くしてくれる女になるぞ。
と、概ねそのような事を触れ回ったのだそうな。
連れて来た男の方も新教でも位が高い男らしく、ケイジョウから枢機卿と呼ばれていたそうで、この男の説法も見事に一部の男の心を捉えた。
結果、二人の赤帯と一人の黒帯がケイジョウに引き続き新教に転び、里を後にすることになったのだそうな。
そして里で貴重な男を連れ去られた形になるどころか、ケイジョウは最後にこんな言葉も残していた
「お前らも新教に帰依しないと、罰が当たって里が滅ぶぞ。」と。
「それ、よくサビラギ様が許しましたね。」
「いや、誰も許しとらんよ。とはいっても、ワシはちょうど里を留守にしておった時だったしな。」
「アタシはいたが、ケイジョウを入れて黒帯二人と赤帯二人、そしておそらくそれ以上と思われる枢機卿相手じゃ、お互い殺し合いになってしまう。
それじゃ本末転倒だしな。
男どもの目が覚めるまで、人の世界に飽きるまでと、痛めつけることなく里を追い出したというわけだ。」
サビラギ様の言葉に赤の家守様が続いた。
「『お前らも新教に帰依しないと、罰が当たって里が滅ぶぞ。』ですか……。」
「誰も信じてはおらんよ、天父神様は確かにお怒りになれば生き物に厳しい面もある、しかし、信じなければ罰を当てるような狭量な神様ではないからの。
信じたものだけに日が当たり、信じなければ、日が当たらない太陽がどこにあるというのか。」
黒家の嫗様がツンとした表情で盃を傾ける。
黒家が関わる亜人族には旧教の天父神様に帰依する種族も多いのか、その言葉は辛辣だ。
「だが、今思えば、そこが里の不妊問題の始まりと考えれば計算が合う。
翌年は全部の、つわり女が流れた。
罰とは思わんが、何かがあったのなら、そこが始まりじゃろう。」
青家の嫗様が人差し指を立てながら、そう一同に話す。
「ケイジョウを捕まえ、話を聞く。というのは?」
「出来なくはないと思いますが、どれくらい時間がかかるか分かりません。
探している間に今年の妊婦さんも全部流れてしまう可能性があります。」
サビラギ様の意見は、もっともだが、今は時間との勝負だ。
「まずは診断と可能なら治療、そして原因の究明と除去です。」
望まぬ流産はもう私には耐えきれない。
「とはいえ、勇者殿は凄腕の医者でした、この人に任せれば大丈夫です。
とは簡単にいくまい。
詮議で認められたとはいえ、余所者は余所者、ケイジョウの連れて来た者たちと同じと悪く考える者も少なくあるまいよ。
レン殿はここで、もう一つ、その治療の腕前でも証を立てねば、里の大事な孕み女の身体を預けることはできんし、下手に預ければ、今年の流し女はレン殿のせい、ということにもなりかねんぞ?」
白家の嫗様は流石に慎重だ。
ミツキッス。
結局、暗くなってもパパ帰って来なかったッスね。
今日はイノコちゃんがお母さん方の部屋の方に寝るというので、チーちゃんがサツキちゃん方の部屋に行っちゃったので、このサナチーの部屋はアタシとサナちーの二人だけッス。
次回、第六九ニ話 「早乙女家の夜」
なんか、こういうのも久しぶりな感じするッスね。
 




