第六八一話 「早乙女家 家長」
はてさて、トラージの街から戻った後は、万が一の時のためにサオリさんにミツキ達の防具を持たせて送り出したし、ミツキにも念話で入れ知恵したし、サナは大お婆ちゃんのところに海老を届けてから後を追うといってたし、ようやく1人になったな。
「麦茶のおかわりいかがですか?」
「ああ、ありがとうございます。」
そして今は早乙女家にお邪魔して業務用魔力コンロを設置し終わった所だ。
結局、離れの方にも設置することになったので、これで2回目。
ともなれば、だいたい慣れたもんだ。
最初はちょっと座りが悪かったものの、微調整もばっちし、アエさんの使いやすい高さに調整するくらいの余裕があった。
「そういえば、旦那さん方は?」
「この時間は畑仕事ですね。子どもたちは仲のいい友達に貰ったお菓子を分けてやるんだって、出かけちゃいました。」
そういやアエさんには子どもが3人いて、上から順に8才、5才、3才、真ん中だけが男の子で、あとは女の子だというのを聞いて、トラージの市場で適当にお菓子を見繕ってお土産にと渡したんだった。
早乙女家に入る前に外でサオリさんに装備渡している間に、ワイワイと声がしてたのは、それだったんだな。
それはそうと、旦那のいない人妻と台所で二人きりというシチュエーションは、THE 間男という感じがして座りが悪い。
いや、そうじゃなくて、
「じゃあ、ミナちゃ…ミナさんは?」
「奥の間で今日の詮議の練習してると思いますよ?
なにかありました?」
「いえ、それこそ詮議では会いましたが、家長にちゃんと挨拶出来ていないな、と思いまして。」
「あ、そうですね。あら、あたしも子ども達をちゃんと挨拶させてないわ、ごめんなさいね。」
「いえいえ、で、お会い出来ますかね?」
「もちろん、縁側を突き当たりまでいって奥の部屋がミナちゃんとお母様の部屋になってます。
ご案内しましょうか?」
「いえ、場所だけ分かれば大丈夫です。
あー、ついでに麦茶も持っていきますか?」
「うふふ、お客様にそんなことさせたら怒られちゃいそうですが、お願いします。」
うん、アエさんの笑い顔はやっぱり姉妹というか、サオリさんに似ているな。
なんでも、サビラギ様から私は客とはいっても家族のように扱えといわれているらしく、そんな差し出がましい申し出も笑顔で受けてくれた。
「それは何を入れてるのですか?」
「蜂蜜です。ミナちゃん、甘い麦茶が好きなんですよ。」
新しい麦茶を入れ、追加でグラスに一匙、何かを入れているのに気づいて聞いてみたらそんな答えが帰ってきた。
ミナさんも詮議の時は凛々しい感じのイメージだったが、実際には年相応の女の子なのかもしれない。
「それじゃあ、これ、お願いしますね。」
「はい。」
アエさんから蜂蜜入り麦茶と、竹か何かで編んだトレーの上に乗ったおしぼりをお盆ごと受け取り、台所を後にした。
▽▽▽▽▽
「奥の間、奥の間と……」
居間から縁側、縁側から奥の廊下へと、お盆片手にウエイターよろしく歩いていく。
離れでも思ったのだが、家の作りが完全に和風だ。
最初は生き物が収斂進化するように、土地が同じなら文化も似たような形に収束していくのかと思っていたが、ここまで近いとどうも違うっぽいな。
元の世界から知識や技術が流入している、と、考えた方がまだ説明がつきそうだ。
「……を、……すりゅ、あー、また間違えた!」
そんなことを考えながら廊下を進むと、奥の間からそんな声が聞こえ始めた。
どうやら、アエさんの言ったとおり、ミナさんは詮議のセリフの練習をしているらしく、昨日と似たような文言が部屋から漏れているのが聞こえてくる。
「もー、ウチ暗記苦手なんだってばー、数日余裕があるはずだったのに、今日の夕方までって早くない?」
そんな愚痴も聞こえてくる。
このままミナさんの威厳が消える前にノックした方が良さそうだ。
サナです!
大お婆ちゃん、海老凄く喜んでくれました!
「こりゃ寿命が伸びるね。」だって。
改めて、あたしの無事も喜んで貰えて、昨日のお礼もいえて良かったです。
次回、第六八二話 「ミナ=サオトメ」
あっ、あたしもこの後、鍛錬場行かなきゃならないんだった。
ミツキちゃん達、無理させられてないかなぁ?




