第六五五話 「拠点」
「お店屋さんにゃ?」
「はは、今は何も売っとらんがな。」
チャチャのいうとおり、近くまで来ると立っているのは民家ではなく商家なのが分かる。
イメージとしては、そうだな、一軒家の駄菓子屋みたいな感じだ。
一階が店舗になっており、二階がおそらく居住区。
店舗の上に大きなベランダがあるが、寸胴な建物ではなく1階が広いので、台所や居間なんかは1階にあって、上は寝室とか部屋がある程度かもしれない。
店舗の庭先は大きく開けており、逆に家の裏には蔵が一つ立っている。
せせらぎの音も聞こえることから立地的には川もほど近いらしいが、ここからは見えないこと考えると、家は高台に立っていて、どこかに生活用水を汲みに行くための階段がありそうだ。
「行商人さんは、ここまでは来てくれるんですよ。」
「ああ、それで、店の前が広いのか。」
あの霧の中を越えてここまで来るのなら、当然、その行商人も里出身の白鬼族なのだろう。
「今は、っていってたッスけど、昔は何か売ってたんスか?」
「ワシが小さいときは雑貨屋をやっとったな。
そこのモンが行商人を始めるようになったんで、サビラギ家で買い取ったんじゃ。」
「なるほど、それで一旗揚げたと。」
「いや、一旗上げるための資金稼ぎに売ったのをワシが買ったんじゃ。
当時はワシもまだゴールドの探索者で、金はあったが里にはなにもしてやれんかったしの。
定期的に里に物を売りに来るのなら色を付けて買ってやろう。と、いうのが始まりじゃ。
もう30年くらい前の話かのう。
だから、族長の隠居小屋とはいっても、ワシと姉、それから母と、あとは祖母くらいしか住んだことはないんじゃよ。」
サビラギ様が前に私達が住むのならご先祖も許してくれよう。とか、言ってたから歴史のある建物だと思って恐縮していたが、意外と最近の話だった。
▽▽▽▽▽
「これは……中はまるで薬屋みたいッスね。」
家の中に入ると、店舗部分の一角にミツキのいう通り、壁には棚や引き出しが設置してあり、その棚には数々の薬瓶が並んでいた。
「姉の身体が昔から弱かったからのぅ。祖母が族長を引退した後、色々やっておったんじゃ。」
サビラギ様が目を細めて、それらの棚や引き出しを眺めている。
「婿殿は医者の真似事も出来るんじゃろ?なら、これらもちょうど良かろう。
サビラギ家にとっては、今はもう必要のないものじゃ。」
薬を作る人も、それを飲ませなきゃならない人も、もう亡くなり、無用の長物となってしまったのだろう。
医者の真似事をしている私になら、この遺産を有効に使ってもらえるだろうという意味での、ご先祖も許してくれる、という意味だったのか。
幸い、材料が手元になくて死にスキルだった、淫スキル【淫具制作】なら、回復薬も作れるし、それに女性の病気の情報がわかるようになる知識系淫スキル【婦人科】と組み合わせれば、色々とできそうだ。
「……大事に使わせていただきます。」
「ま、そこまで気を張るほどではないが、婿殿がそのうち里の不妊治療をなんとかしてくれるという話をしておったろ?
その時に少しでも役に立てば、先代達も浮かばれよう。」
そういってカカカと笑うサビラギ様。
逆にいえば、これらの薬類は、サビラギ様のお姉さんを癒やすことはできなかったのかもしれない。
「お店の奥はどうなってるのにゃ?」
「おーおー、気にせず上がって見てみるがいい。
ワシ達は先に里に顔を出してこんとならんからな。
婿殿達の新たな拠点になるんじゃ、調べておいて損はないじゃろ。」
店の奥をツンツンと突くように指を動かし、チャチャを促すサビラギ様。
許可を得た、とばかりに、チャチャとミツキがそれぞれ別の引き戸を開けて中へと入っていく。
「それじゃ、お父さん、ちょっと行ってくるね。」
「たぶん、レン君達の迎えには、妹かわたしが来ることになると思いますので、それまでゆっくりしていてください。」
サナとサオリさんが、そういいながら外に出ていったサビラギ様に続く。
「二人とも、久しぶりの故郷なんだから、こっちのことは気にせずに、ゆっくりして来ていいよ。」
「えー。」
「うふふ、そうかもしれませんね。」
そんな話をしながら二人を送り出した後、私もミツキ達に引き続き、家の中へと入っていった。
サナです。
むー、お父さんも早く里に連れていきたいのにー。
隠居小屋は私もよく掃除に来たことがありますが、ここに住むことになるとは思っても見ませんでした。
次回、第六五六話 「お家拝見」
えーと、今は代替わりしたから、名義的にはお母さんの家になるんだよね?




