第六五四話 「金剛姫九角岩」
「サビラギ様、拙はこの辺りで失礼しやす。
レン様、お戻りの際は、礼の件、よろしくお願いしやすね。」
「おお、コマ、世話になった。」
「分かりました、その際はよろしくお願いします。」
コマから頼まれた礼の件というのは、端的にいうと観光名所づくりで、先程、といっても既に30分ほど前の話になってしまうが、サビラギ様が27分割した大岩をウシトラ温泉街の観光名所にしてしまおうというのがコマの考えだ。
もちろん、あの街道自体を観光名所にするわけではなく、建物の老朽化で空き地とかしたウシトラ温泉街の一角に、あの大岩をサビラギ様の逸話付きで置きたいという話だ。
「その名も『金剛姫九角岩』!
『金剛姫』サビラギ・サオトメ氏の御技で、どちらから見ても九つに切られている、この大岩、篤とご覧あれ!」
ってな具合に、見世物にしたいらしい。
サビラギ様は、地元のためになるのなら、というのと、亜人族としての示威行為としてもアリかもしれん、と、いった理由でOKを出したのだが、なにせパーツ一つにしたって1辺2mの立方体の岩の塊だ、運ぶにしたって相当の準備とお金が必要だろう。
と、思ったので、メニューのアイテム欄に仕舞っておけばいいだけなので、後でいいなら届けましょうか?と、コマに提案したら、大喜びされた上、少なくても昨日までの宿泊費と届けた後の宿泊費はタダにしてくれるそうだ。
しかも後者はサビラギ様が泊まっていたような貴賓室を用意してくれるとのことで、狙い通り観光名所になったら、それ以後もタダで泊まっても構わないという大盤振る舞いだった。
思いつきだったがいってみるもんだな。
そんな事を考えながら、馬車を翻し、手を振りながら去っていくコマを見送った。
▽▽▽▽▽
「霧が凄いッスね。」
「街道の下のほうに湖があるせいなんですって。」
ミツキとサナが手を繋ぎながらそんな話をしている。
まるで霧の摩周湖だな。
実際の摩周湖は、この世界だと、ウルーシの街から更に北のほうになる。
ちなみに元の世界ではマリモで有名な阿寒湖は、ウルーシからネネの街までの街道沿いに位置していて、ネネは大体、北見あたりに当たるようだ。
とはいえ、元の世界でも、あまりこちらの方は行ったことがないので、なんとなくそうだろう、くらいの感覚だな。
「婆ちゃんのうち、ここから遠いのにゃ?」
「里までなら歩いて30分、離れまでなら10分、といったところかの。」
チャチャと手を繋いているサビラギ様が言った離れというのは、先に話に出た族長の隠居小屋のことなのだろう。
離れとはいうが、離れすぎでは?
「もう結界の中に入ってますからね、手を離したら10分どころか、10日経ってもたどり着けないので、気をつけて。」
「うにゃ!?分かったにゃ!」
「りょ、了解ッス。」
サオリさんのその言葉にチャチャとミツキが焦ったように返事をした。
ちなみにサオリさんの手は私の手に繋がれている。
なんでも、白鬼族の者が手を引いて連れて行かないと里には出入り出来ない結界なのだそうな。
その説明を受けて、チャチャは「手を繋げばいいのにゃ?」と、サビラギ様と手を繋ぎ、サナは最初、私とミツキの手を取ったのだが、手持ち無沙汰そうなサオリさんに譲った形だ。
「それにしても何も見えないですね。」
「うふふ、私達には見えていますから大丈夫ですよ。」
そういって、キュッと私の手を握り直すサオリさん。
獣道のような林道が迷路のように繋がっている上に、この霧の濃さでは、はぐれたら助からなそうだが、どういう理屈かは分からないが、里出身の白鬼族の視界には、この辺りの濃い霧は目に映らないのだそうな。
稲白鬼の里の白は、白鬼族やお米の白だけじゃなく、この霧の白さにもかかっていそうだな。
「お、見えてきた見えてきた。」
「なにも見えないにゃぁ。」
先頭を歩いているサビラギ様、チャチャコンビからそんな声がしたかと思うと、少しづつ霧が晴れ始め、200mほど先に1軒の民家が見えて来た。
見えてきた見えてきたとサビラギ様が唱えたからこそ見え始めたような幻想的な感覚だが、確かにそこには森の中にぽつんと1軒、木造りの建物が、まるで迷い家のように立っている。
「あれが婿殿達に住んで貰いたいといっておった、離れじゃよ。」
チャチャにゃ!
全然真っ白で、後ろ向いても、ねねさんたちも、ととさんたちも見えなかったのにゃ。
前にチャチャが住んでたところの霧みたいに、ベタベタしないのは不思議にゃね?
次回、第六五五話 「拠点」
うにゃ?あれ、ととさんのお家なのにゃ?




