第六四七話 「二人の願い」
「婆ちゃんは一緒じゃないのにゃ?」
「サビラギ様は、先にお食事を取られて、今はお仕事中で来られないとのことでした。」
温泉街から帰って来て、ひとっ風呂浴びた後、部屋に戻ると仲居のマソホちゃんが、床と夕食の用意をしていた。
今回は、外出する前に露店で少しつまんでくるとと思うという話をしたので、量は控えめで、そのため奥の和室ではなく中央のテーブルでの夕食だ。
メインディッシュはまだのようだが、お膳が5人分しか並んでないのを見て、チャチャが先程のような疑問をマソホちゃんにぶつけていた。
「……そうなのにゃぁ、婆ちゃん大変にゃぁ……。」
そういいながらもチャチャの目はお膳に釘付けになっている。
狙いはデザートの練りきりのようで、桜色の花を象った見た目は美しいだけじゃなく、とても美味しそうだ。
違う形の物が朝食のお重にもついていたのだが、チャチャはいたく感動していた。
それに向かってチャチャの目や手が伸びたり戻ったりしていたかと思うと、意を決したように、それを手に取り、なぜかマソホちゃんに差し伸べた。
「これ、ばあちゃんに届けてあげて欲しいにゃ!これ、美味しいから、婆ちゃんも寂しくないし、お仕事頑張れると思うにゃ!」
マソホちゃんは、それにびっくりした様子だったが、優しく微笑み、懐から出した懐紙にそれを乗せると、確かにお届けしますと、静かに礼をした。
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「もうお願いがかなったにゃ!」
私の分の練りきりをチャチャに上げたりしているうちに、ジュウジュウと音を立てた鉄板が複数の仲居さんの手で運ばれてくる。
「縦だか横だか分からないステーキッスね。」
「外側にベーコンが巻いてあるんですね、面白い。」
「鉄板の上の台はなんでしょう?」
「焼き加減を調整したり、温めたりする台です。お好みでどうぞ。」
テンションの上がっている4人にそうマソホちゃんが説明している。
特に天灯にお肉が食べたいと願っていたチャチャのテンションは鰻登りだ。
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「じゃあ、行ってくるにゃ!」
「少し長くなるかもしれませんから、遅いようでしたら先に休んでいてください。」
そういってチャチャとサオリさんが部屋を出る。
夕食後、マソホちゃんを通じて、サビラギ様からデザートの差し入れがチャチャに届いたのだ。
寒天を使っているのか、透明感のある和菓子で、水色の羊羹の上を泳ぐ金魚を模した華やかなもので、うちらに出ていた和菓子に比べて明らかに1ランクグレードが高い。
ひとしきり鑑賞した後、チャチャはそれもサナやミツキと分け、味も楽しんでいたのだが、予想以上に美味しかったようだ。
それで、婆ちゃんにお礼がいいたい。という話になったのだが、マソホちゃんはサビラギ様がサオリさんを呼んでいるという伝言も持ってきたので、じゃあ、一緒に行こうという話になったのだ。
そうこうするうちにテーブルの上はすっかり片付けられ、マソホちゃんも退室し、私とサナ、そしてミツキだけが部屋に残された。
「いや、今日は色々あったな。」
「そうッスねぇ。」
「楽しかったです!」
長い方のソファーの真ん中に座り大きく伸びをすると、ミツキとサナが、対面の一人がけソファーにそれぞれ座り、話に乗ってくる。
てっきりいつものように左右に座ってくるものだと思っていたので、ちょっと意外だ。
サナは慣れた手付きで茶櫃から茶器を取り出し、3人分のお茶を入れてくれた。
なんだ?微妙に空気が重い。
食事中ならともかく、基本的に二人は横にいるパターンが多いので、二人共対面だというのが落ち着かないのか?
「そういえば、結局二人のお願いは秘密のままなのかい?」
チャチャが天灯に託したお願いは明日を待たずに早々に叶ってしまったようだが、二人の秘密のお願いというのが、ちょっと気にかかっていた。
「そうッスねぇ……」
「うーん……」
煮え切らない感じで顔を見合わせる二人。
「いや、いいたくないんなら、別にいいんだよ。ちょっと気になっただけだから。」
「いや、お父さんには聞いてもらいます。」
「え?サナちー、いくんスか?」
意を決したようなサナ。
え?何を行くの?
サオリです。
チャチャちゃんは、どうしてあの環境であそこまで優しく育つことが出来たのでしょう?
きっと、お姉ちゃんらしく頑張ろうとしていたせいなんでしょうね。
次回、第六四八話 「娘」
お母様が私だけを呼ぶということは、里に関することかしら?




