第六四一話 「勇者ケンジ・タドコロ」
「里の掟に従って、族長の血に連なる成人の女が一夜の妻となる。
姉は子どもが出来ない身体じゃったから、それまではワシが、この時は成人したばかりのサオリがケンジの一夜の妻となった。
まあ、正確にいうと、ワシがタクミの、サオリがケンジの一夜妻となったんじゃ。」
「サビラギ様じゃなくて、その時はお姉さんが族長だったんですか?」
「ああ、双子の姉の方が本来の族長じゃ。ちょうど今のミナとサナのようなもんじゃな。
母が流行り病で早世し、12で後を継いだ姉も昔から身体が弱くてな、ワシも族長補佐として支えておったのじゃが、姉が15になった頃には持ち直してな、そこまでは良かったのじゃが、子どもが出来ない身体だというのも分かってしもうた。
そこで、ワシが代わりに跡継ぎを生むという話になったんじゃよ。
で、婿探しのために二十歳までの期限付きで探索者になったという訳じゃ。
アサーキ共和国の勇者の仲間になったのはその時じゃな。
サオリを生んだのが、ちょうど二十歳の頃じゃから、結構ギリギリじゃったなあ。
それはさておきじゃ、本来ならネローネ帝国の意を汲んで、ワシの方がケンジの一夜妻になるところじゃったのだが、ケンジのたっての願いでな、サオリが相手をすることになったじゃが、なんというか、あやつは、強い者に弱く、弱いものに強いというか、加虐的な性格なところがあってな、今のサナよりも大人しかった当時のサオリで大丈夫かと思ったのじゃが、その不安は的中してしまった。
悲鳴を聞いて駆けつけてみると穴という穴から血を流しているサオリの髪を掴みながら、『俺の女だ、文句をいうな。』と来たもんじゃから、ワシもカッと来てな、」
「ボコったんスね。」
「ああ、ボッコボコじゃった。
あやつは武器が強いタイプの勇者で、スキルもその性格に合わせてか自分より弱い相手に有利になるというものじゃったから、素手でしかも自分よりレベルの高いワシとは相性最悪でな、まぁ、武器を持とうが敵ではなかったじゃろうが、素手なら死ぬまいと加減を忘れてしもうた。
あやつは初めての女で、性と血と興奮で我を忘れておったが、ワシは怒りで手加減を忘れておった。
結局、タクミが止めた頃には、虫の息じゃったよ。
そこからなんとか歩けるまでは回復してやり、ここ、ウシトラ温泉街に放り出したのじゃが、流石にあの時はネローネ帝国と戦争になると思ったのぅ。」
そんな大きなことをいいながらも、懐かしそうに、ぐい呑を傾けるサビラギ様。
そろそろこのスケールに慣れてきたな。
「思ったって事は、ならなかったんスか?」
「そうじゃ、タクミが間に入ってくれるといってくれたり、色々根回しは考えておったのだが、ケンジが傷が癒えるのを待ったのか、それとも面目が立たなくて帰れなかったのかは知らんが、しばらくウシトラ温泉街から帰らなかったんじゃよ。
ネローネ帝国に向かって発ったのは二月も経った後、タクミに連れられてようやくじゃ。
後から聞いた話じゃが、その後、ナイラ王朝にも二月ほど滞在していたそうな。
結局、ケンジが国に帰る前に、サオリが懐妊。
ネローネ帝国は最初からそれが目的じゃったからな、その報告をして、それで手打ちとなったんじゃよ。」
結局のところ、アサーキ共和国の勇者はかなり前に死亡、同国は勇者召喚関係の知識や技術は拙い。
ネローネ帝国の勇者は……たしか前に調べた時はまだ生きてたな。
同国が一番勇者に関しては詳しいが、軍事機密な上、勇者とサビラギ様との関係も悪い。
ナイラ王朝の勇者は、サビラギ様の口ぶりによるとまだこの世界に生きていて、知識欲も高く、サビラギ様との関係も良好。
その上、年に1度は里にも訪れる…これは今もだろうか?
それなら、勇者関係はこの人に相談するのが一番なように思える。
「その、ナイラ王朝の勇者タクミは、今でも里に来るんスか?」
おっと、同じ事を考えていたのか、ミツキが肝心なところを聞いてくれた。
「ああ、毎年、夏が終わるころに顔を出しに来るのぅ。
息子が婿に出たばかりじゃから、孫の顔を楽しみにしておるらしい。」
うん、やはり勇者タクミの話をするときは、いくぶんサビラギ様の表情が優しい。
「ってことは、勇者の話を聞くなら、里で待ってるのが一番良いって、サビラギ様はいいたかったんスね。」
「あー、ミツキ、間違っていないけど、少し足りない。」
「へ?」
頭にハテナマークが浮いているミツキの頭を撫でながら言葉を続ける。
「サビラギ様は、自分の代わりに……いや、違うな、……私に、アサーキ共和国の勇者になれ。と、いっているんだと思う。」
「ほほ、流石婿殿、話が早い、長話はしてみるもんじゃわい。」
そういいながらサビラギ様がニヤリと笑った。
(チャチャにゃぁ。)
(にゃんか、婆ちゃんたち、まだ難しそうな話してるにゃぁ。)
(あ、あ、うにゃぁ、婆ちゃんのこの手には弱いにゃぁ。)
次回、第六四二話 「アサーキ共和国の勇者」
(気持ちいいにゃぁ……ぐぅ。)




