第六三六話 「婆ちゃん」
「初孫ならぬ初祖母ッスから、チーちゃんは、めちゃめちゃサビラギ様に懐いてるんスよ。」
やれやれといった顔で、私にお酌してくれるミツキ。
早い時間だからとさっき窘めていたのに、飲ませたくないのか、飲ませたいのか、どっちなんだ?
いや、既にこの量だから飲ませないのは諦めたのか。
でもこの分だと、ミツキはまだサビラギ様に籠絡されていない様子だな。
それにしても初祖母?
ああ、そうか、チャチャは実の両親が両方とも孤児だから祖父や祖母自体がいないので、初めてのお婆ちゃんということか。
おそらくチャチャは、なんらかの勘違いはしてそうだが、敵対するよりは仲が良い方がいいに決まっている。
なるほどなるほど。
うん、ミツキの注いでくれた酒は美味いな。
一息で空いてしまった。
「ミツキ、ミツキ、ちょっとこっちこー。」
「はいッス、なんでしょうか?」
サビラギ様に呼ばれ、緊張した様子で席を立ち、身をかがめて何やら耳打ちをされているミツキ。
何を話しているんだろう?
ちなみに静かだったサオリさんは、しばらくリカーラックを漁っていたようだが、適当な器がなかったらしく、小上がり和室の茶櫃から、いそいそと湯呑を持ち出して来ている。
「お祖母様、アタシにも注がせて欲しいッス!」
なんだ?
急にミツキが籠絡した。
なんだ?なにがあったんだ?
「ミツキちゃん、わたしにもちょうだい?」
ミツキがサビラギ様にお酌した後、すっと湯呑を差し出すサオリさん。
「おうおう、それならあっちの小上がりに場所を移そう。
このままここじゃ、ちと狭い。」
「駄目です。そろそろお昼御飯の時間ですよ!」
うーん、サナが止めてくれなかったら、このまま酒宴に雪崩込んでいたな。
▽▽▽▽▽
まあ、世の中には止めて止まるものと止まらないものがあるわけで。
サナが窘めた時、ちょうど追加のお徳利を持ってきた仲居のマソホちゃんが、貴賓室に入ってきたようで、「でしたら、奥の和室にご昼食膳、お運びいたしますよー。」と、ほぼシームレスに酒宴となってしまった。
まだこんなに明るい時間なのに。
最初は和室の上座中央にサビラギ様、窓側にサオリさん、その反対側にサナ。
その向かいから窓に向かって、チャチャ、私、ミツキ、という順番で席を用意されていたのだが、昼食膳の追加メニューが来るに従って入口側の慌ただしい席を捌くべく、チャチャとサナの席を替えてしまっている。
ちなみに最初に配膳された昼食膳はサビラギ様のだけ2つほど品が多かった。
サビラギ様は、上だの下だの面倒なものよの。と、不思議そうに見ていたチャチャにそれを分けてあげていた。
普段だとうち、全員同じメニューか大皿だしな。
ちなみにそのうちの一つは鴨の煮こごりだそうで、普段食べたことのない食感にチャチャは驚いていた。
「婆ちゃん、お酒にゃ。」
「おうおう、ありがとよチャチャ。」
真似をしているのか、お酒の注ぎ方がサナそっくりなチャチャ。
なんか、凄いサビラギ様にべったりだ。
「サビラギ様とチャチャに何かあったの?」
「いやぁ、アタシとチーちゃんがサビラギ様、いや、お祖母様と話をしてたときに、
『婆ちゃんというのはな、親の母じゃ。お前さんのいう、かかさんのかかさんじゃから、かかさんの倍甘えていい存在じゃ。
お前さんはサナの妹になったのじゃろ?
それなら婆ちゃんの孫じゃ。
そして、婆ちゃんは孫をいくら甘やかして良いのじゃ。』
なんて言ったのを素直に受け取ったんだと思うッス。」
すげえ、ミツキのサビラギ様のマネ、超似てる。
「んー、普段もあれくらい、あたし達にも甘えたいと思っているのかも?」
サナが私にお酌をしながら、視線をチャチャに巡らしている。
「いやー、甘えられるようになるのはこれからッスよ。あ、サナちー、次アタシが注ぐッス。」
もう諦めたのか、今日はサナもミツキもお酒が入っている。
こう、二人に挟まれて全員酔ってるというのも久しぶりな感がある。
たぶん気のせいだが。
ミツキッス!
パパをママさんかサナちーの婿にしたいって話は、先にサビラギ様に聞いていたッスけど、さっき、分家を立てて、サナちーが婿を貰うなら、姉妹妻としてアタシも嫁に来てもいいって言われたッス。
次回、第六三七話 「猫可愛がり」
人族との抗争や魔王戦の影響で男の人口が少なかったときの古い風習で、姉妹とか親族、あるいは複数の女で1人の男を夫に迎える制度が里には残ってるんだそうッス。
両方の女に継ぐ財産があるなら揉めるので無理だが、アタシが孤児ならちょうどいいだろうって。
夢が広がる話ッスね!




