第六十二話 「ギルドマスター」
特に驚きはない。
案内される際に後ろからずっと見ていたが、このバーテンダー、いやギルドマスター・ソーンの動きは、歩き方といい重心の位置といい隙の無さといい武術家のそれだ。
只者では無いと思っていたところ、部屋に入る際にノックをしない時点で疑いは確信に変わった。
「驚かないのだな。」
「白髪のナイスミドルがギルドマスターなのは素敵だとは思いましたけどね。」
「師匠はこれで驚かすのが趣味なんだが、今回は失敗だったようだな。」
ロマが楽しそうに笑う。
場の雰囲気を和らげようとしてくれているらしい。
「師匠?」
「ああ、俺の槍術の師匠なんだよギルド長は。」
「槍術ですか?それは私も興味があります。」
相手との間合いを広く取れ、また自分よりも大きな相手と戦うこともあろう迷宮では槍は有効な戦闘方法だろう。
パーティーを組んでいる状態でも前衛から中衛まで幅広く活躍できる。
私もドレインがメインの攻撃手段でなければ武器は槍を選んでいたと思う。
原始より続く自分より強い相手と戦うための武器だ。
「ほう、槍術に興味がおありか。」
「ええ、機会があればご教授いただきたいくらい。他の武術もね。」
身のこなし的に使えるのは槍術だけとは思えない。
「ふむ、見る目はあるようだが、『死んだ者』の頼みは聞けんな。また今度『初めて会った時』にでも考えよう。無論、今日の話の内容によるがな。」
ロマからちゃんと話は通っているらしい。
とりあえず現時点ではサナと私の安全を確保する気はあるようだ。
ウインクするとロマは静かに頷いた。
「それでは本題に。買って欲しいものがあるわ。」
「それは情報か?それとも物か?」
「両方よ。」
特性【ビジュアライズ】でテーブルの上に新迷宮3階の地図を出す。
「光魔法で地図を出すとは中々芸達者なお嬢さんだ。」
「これは…新迷宮の3階だな。」
ギルドマスターとロマがそれぞれ感想を漏らす。
というか、一目見ただけでよく分かるなロマ。
「ここの色が少し濃い所を見て。」
「突き当りだな。たしかこの辺りはデミオークがよくいる通路だったと記憶しているがそれが何か今回の話と関係するのか?」
ロマが髭を撫でながらそう聞いて来る。
モンスターの分布まで覚えているのか。
さすがゴールドの探索者。
「なぜデミオークがよくいるのか。その理由がこれから話すことに関係してると私は思っているわ。そしてもう一枚」
特性【ビジュアライズ】で今度はテーブルの上に廃鉱山の地図を出す。
「これは?」
「鉱山のようだが…山の上の旧鉱山か?」
さすがのロマでも廃鉱山地形までは知らなかったらしい。
逆にギルドマスターは心当たりがあるようだ。
「この2枚は、こう繋がります。」
廃鉱山の地図に載っている隠し部屋と新迷宮の地図に載っている行き止まりの通路が接するように調整する。
「一方通行路、いや、隠し通路か。」
「そして隠し部屋、いや、迷宮への裏口といった方が正しいかも知れん。」
「今回の救出対象が迷宮にいるなら何処から入ったか?これが答えです。」
ロマとギルドマスターの顔色を見ながらそう告げる。
「流石に、はい、そうですかと簡単に信じるわけにはいかんな。」
「レイン嬢は迷宮にいるなら。といったな。逆に言うと迷宮にはいないとも受け取れるがいかがか?」
「それについてですが、次はこの隠し部屋についてです。」
一度、両方の地図を消して、今度は淫魔法【盗撮】で記録してきた隠し部屋の様子を壁や床に特性【ビジュアライズ】で表示させ、疑似的に部屋の様子を再現する。
そういや天井を撮影するの忘れてた。
「これは凄い。光魔術とはここまでできるものなのか。」
とロマが感心している。
「これが部屋の様子です。」
荒れてはいるものの大きなベッドの他に、応接室のようなソファーとテーブル、クローゼット類、大きな姿見が各所にある豪奢な部屋が映し出されている。
「豪華だが、まるで娼館の部屋のようにも見えるな。」
「あの閂がついた扉が新迷宮に繋がっているのか?」
ギルドマスターが迷宮への扉の方を指さしてそういった。
「そうです。これは迷宮側から見ると行き止まりですが、仕掛け扉になっていて迷宮側から開けることも可能です。」
ロマもギルドマスターも真剣な顔で聞いている。
「逆に鉱山側への出入り口は、あちらのクローゼットが隠し扉になっていて、そこから鉱山への階段、そして扉へ繋がるようになっています。」
改めて廃鉱山の地図を特性【ビジュアライズ】で表示させ、ルートの説明をする。
「確認に行くなら鉱山側から行った方が速いか。山道を抜ければそうかからないはずだ。」
さすがにギルドマスターは周辺の地形に明るい。
「それからもう一つ、あちらの台座の上にあったのがこれです。」
今度は台座の上にあった召喚魔法陣を特性【ビジュアライズ】でテーブルの上に表示させる。
「魔法陣…迷宮涸らしの仕業か?」
「詳しい者に見てもらわんと分からん。確認には召喚士も必要か。」
「そして最後にこの部屋に用意されたのが、女二人と少年が一人。」
「生贄、いや『お遊び』の方か。」
ロマはそれがサナと私の事だと気付いたのか口を閉じ、ギルドマスターが確信に迫った。
「今までも使い終わった『獲物』は迷宮に逃がすか捨てていたのでしょう。扉を抜けた先にはデミオークが待ち構えていました。」
「奴らが常駐するほどのペースでか?!」
ロマが怒りを露わにする。
「人の出入りの多い街だからな。質を選ばないのであればどうとでもなろう。レイン嬢の言葉どおり相手が王族、貴族であれば奴隷を買って使い捨てしているかもしれん。」
ギルドマスターがちょうど言いたい事を言ってくれた。
「その奴隷が『もしも』生き残っているとすれば、口封じに消されることも考えられます。」
「いやいや、生きてはおるまいよ。今はそれこそ幽霊から話を聞いているところだしな。」
ギルドマスターがニヤリと笑う
。
満足のいく情報だったらしい。




