第六二八話 「角赤亭展望客間」
「ねえ、お父さん、今度は攫われないから、宿の中、探検してきていい?」
サナは、ろくにお酒も飲んでないのに、そういうブラックジョークぶっこんでくるのよしなさい。
そうなのだ、ここしばらくサナやミツキはお酒に付き合わないことが多いのだ。
理由としては色々あるのだが、端的にいうとチャチャのためだ。
チャチャにだけにお酒を飲まさない、つまりチャチャだけ、のけものにならないように、必ずサナかミツキのどちらか、あるいは両方がお酒を飲まずにチャチャと同じものを飲むというパターンが最近多い。
なぜ、チャチャにお酒を飲ませないかというと、うちのパーティーの中ではチャチャだけが種族として成人していないので、と、いう倫理的な理由ではなく、万が一にも酔ってチャチャが暴走したら、無事に止められないかもしれないという現実的な理由からだ。
未だにレベル44のチャチャは、うちらの中で一番レベル高いしな。
私から比べても3レベルも高い。
とはいえ、サナもレベル40になったことだし、そろそろ何かあってもランク4の二人がかりならなんとかなるんじゃないかな?とは思っている。
それはさておき、
「何かあったら、誰かがすぐ念話するから大丈夫ッスよ。」
「だいじょぶにゃー。」
アルコール入ってないのにテンション高いね君等
和室に用意されていた料理は、それはまた見事なもので、昨日食べた蟹料理のフルコースも豪華だったが、それに輪をかけて豪華なものだった。
山間の温泉街なので山の幸が中心かとおもいきや、もちろんそれだけではなく、山女魚などの川の幸や、トラージの街から運んできたであろう海の幸までが、非常に高いレベルで調理され、元の世界の料理もかくやといわんばかりの贅を尽くした料理の数々に、一同、たっぷりと舌鼓を打ったのだ。
今はその和室は片付けが入っている真っ最中であり、数少ない食べ残しは、小さな重箱のような箱に盛り付け直され、中央の部屋である応接セットのテーブルの上にツマミとしてお酒と一緒に並んでいる。
小上がり和室となっている方の和室は、私達が夕食を楽しんでいる間に2組の布団が既に敷かれており、先程まではそこにダイブしていた三人娘だったのだが、思い出したかのように、宿の中を探検したいといってきた。
どうやらこの部屋に入る前に、わちゃわちゃと廊下で話しているときにそんな話題になったのだろう。
これだけ豪華で賑やか、そして規模の大きい宿ならば、中を色々見てみたいという気持ちはわかる。
けれども、
「私はいいけど、サオリさん、どうですか?」
「そうですねぇ…」
少し飲みすぎたのか、長い方のソファーの肘掛けに肘を付き、しなをつくるように座っているサオリさん。
浴衣も少しはだけかかっており、そこから見える肌がうっすらと朱に染まっているのが色っぽい。
このウシトラ温泉街でサナが攫われたのは、サナよりもサオリさんの方がトラウマになっていそうなので、その気持は無碍にできない。
「レン君、あの地図出すやつで、サナ達が今どこにいるかって出せます?」
酔いが回っているのか、ちょっと語彙が変だな。
「出せますよ。」
迷宮じゃないので、特性【ビジュアライズ】とメニューのマップとの組み合わせだけじゃ無理だが、淫スキル【ナルシスト】からの種族特性【眷属化】の眷属の位置検索を組み合わせれば出来たはずだ。
「なら、いいですよ。
でも、何かあったら、すぐ念話で知らせること。
いいですね?」
「はい!」
「了解ッス!」
「わかったにゃー!」
何故かサオリさんに敬礼をして、浴衣を翻しながら部屋を出ていく三人娘。
やれやれ、遠くに行き過ぎる前に表示の設定をしておくか。
淫魔法【夜遊び情報誌】で取得しておいたマップを各階別に壁に表示させ、それに3人の位置情報を乗せる。
どうやら最初は1階の大宴会場へ向かっているようだ。
「大丈夫ですかね?」
「正直、わたしの気持ちとしては不安がないといえば嘘になりますが、レベルでいえば一般人にどうこうできる強さじゃないですから大丈夫だと思います。」
そういいながら、切子グラスを傾け、ほうっと酒気が混じった色っぽいため息をつき、うっとりとした目でこちらを見るサオリさん。
そういう誘うような仕草は、隣の和室が片付いて、布団が敷き終わり、仲居さん方が出ていくまで待って欲しい。
サオリです。
ウシトラ温泉街に入って、そしてこの角赤亭に着いた時に、思っていた以上に肩の力が抜けたような感じがしました。
サナやミツキちゃんが、「ようやく、ふりだしに戻る。だね。」なんていっていましたが、本当にそんな感じですね。
次回、第六二九話 「角赤亭貴賓室」
うーん、ちょっと気が抜けて飲みすぎてしまったかもしれません…。




