第六二七話 「角赤亭大宴会場」
目の前に広がる大宴会場の中央には、柔道の試合でもできそうなくらいの大きさの正方形の舞台が設えてあり、その四隅には太鼓が、四辺には椅子が、そして中央には山台が置かれ一段高くなっている。
そんな舞台を二重、三重と囲むように、いくつものテーブル席があり、更にその外側に屋台やビッフェ、バーカウンターなどが並んでいるといえば、この大宴会場の広さがわかるだろう。
2階、3階の吹き抜けは、今いるような観覧席や廊下が朱色の欄干を経て面しており、結構な人数がその欄干越しに下の舞台を眺めていた。
廊下の向こうは宴会場なのか大部屋なのかは分からないが、ほとんどの障子が開け放たれており、もう酒もだいぶ入ったような時間なのか、中の賑やかな様子が見て取れる。
更に上、吹き抜けの天井部分は放射線状の天窓になっており、今は建物内が灯籠などで明るいため見ることができないが、暗くなれば月や星も見えるだろう。
「ととさん、なんかきたにゃ。」
「なんか?」
下に落ちやしないかと思うくらい朱色の欄干にかぶり付きになって下を眺めていたチャチャの声に釣られ、1階を覗き込む。
ちなみにチャチャは1階の賑やかな様子が気になるというより、下から美味しそうな食べ物の匂いがするのが気になるらしく、見る角度を変えては1階の屋台やビッフェをチェックしていた。
「演奏が始まるみたいッスね。」
ミツキも切子グラスを傾けながら、首を伸ばして下を覗き込んでいる。
舞台の四辺にあった椅子には、いつのまにやら4人の着物を着た女性が座っており、手にはそれぞれ三味線らしき楽器を手にして、音出しを始めていた。
その音を聞いて、2階、そして3階の欄干へも更に人が集まってくる。
「「「「ハッ!」」」」
そんなタイミングを計っていたかのように、4人の奏者が大きく掛け声を上げ、津軽三味線によく似た音色が響き始めた。
▽▽▽▽▽
「それではお食事の用意が出来上がりましたので、お部屋にどうぞー。」
仲居のマソホちゃんがそう呼びに来たのは3曲目が終わり、4人の三味線奏者と1人の歌い手との入れ替わりに、今度は上半身は裸に黒腹掛と捩り鉢巻き、下は黒又引に黒足袋、黒脚絆と、祭りを思わせる格好の男4人が太鼓のバチを持ちながら舞台に上がっていこう、というタイミングだった。
ちなみにサオリさんとサナは最初の奏者に1人の歌い手が加わった2曲目の途中くらいに大浴場から上がって、この場所で私達と合流し、3曲目は一緒に楽しんでいた。
その頃には舞台も、いやこの大宴会場自体が吹き抜け部分も含めて大盛りあがりであり、手拍子、足拍子、一緒に歌いだす者なんかも現れて、つられて私達も手拍子なんかをして、ちょっと火照るほどに盛り上がってしまっていた。
特に三人娘が。
▽▽▽▽▽
「すごかったにゃねー。」
「いやー、アタシもあんなに盛り上がってるの見るの初めてッスよ。」
「大道芸の演奏も好きだけど、迫力が違ったね。」
興奮冷めやらぬのか、廊下を歩いてる最中も三人娘は舞台の話で盛り上がっており、サオリさんも楽しそうにそれを眺めているが、すでに頬がちょっと赤い。
と、いうのも3曲目に入る前くらいにマソホちゃんとは別の仲居さんが、別の切子グラスでお酒を勧めに来てくれたので、私とサオリさんは既に1杯やってしまっているのだ。
食事前ですので、と小鉢に控えめに添えられた山菜の入った肉味噌と、演奏や歓声を肴に飲む酒は非常に美味であった。
「こちらがお部屋になりますー。」
マソホちゃんが、ついっと片開きの襖を開け、身体の位置を変えて部屋への入室を促す。
「サナちーからどうぞッス。」
「そう?」
「順番にゃー。」
そんな事をいいながら踏込、ようは部屋への上がり口で履物を脱ぎ、次々と中へと入っていく三人娘。
それにサオリさんが続き、次に私が、最後にマソホちゃんが入り、襖を閉める。
「わ、綺麗!」
「広いッスね。」
「うにゃ?こっちもお部屋にゃ?」
部屋に入ってまず目に入るのは、八畳間ほどの部屋にならぶ応接セット、そして、その右手に一段高くなっている同じく八畳間ほどの和室、更にそして、それらを繋ぐ大きな硝子窓だ。
もちろん一枚物の窓ではないが、3階ということもあって景色も良さそうだ。
一応、障子が端に寄せられているので、外から見られたくなければ閉めることも可能だろう。
チャチャが見ている方を向くと、襖をはさみ、こちらは十畳間ほどの和室。
床の間も、そして広縁も設けられており、そこに並ぶ椅子とテーブルは、ザ・和室、といった趣だ。
で、そのザ・和室の中央に置かれた座卓には、既に所狭しと料理が並んでいた。
チャチャにゃー。
ととさんに、にくみそ分けてもらったけど、よけいお腹空いてきたにゃぁ。
にゃ?こっちの部屋からは、すごく美味しそうな匂いがするにゃ!
次回、第六二八話 「角赤亭展望客間」
うにゃぁ、今日もごちそうなのにゃ?
チャチャ、大丈夫なのにゃ?




