第六一〇話 「鮫 vs 鬼」
淫魔法【ラブホテル】で繋げた船の甲板の扉から外へと躍り出る。
現在地は、井戸から直線距離なら400mほど離れた大きなドーム状、いや、鍵穴状の広場だ。
そこに大きな船が一隻浮いている。
いや、どちらかというと、丸い広場に大きな船が頭から刺さっている。といった方がイメージとして近いと思う。
船の後部は壁の向こうだしな。
船の舳先の方向に通路が水路のように迷宮へと伸びており、船の後方にある四角い広場からは、同じ用に3方向に迷宮へと続く水路がある。
水深は通常の迷宮より1mほど浅く、広さ的にはトリプルヘッド・シャークが悠々と方向転換ができるほどには広くは無い。
その代わり船があるくらいなので天井は高く、水面から船の甲板までが3mほどで、そこから天井までが低いところで5m、ドーム天辺だとさらに3~4mほどの高さがあるだろうか?
船自体もかなり大きく幅が9mくらいで、全長だと50m程度、と、いっても、壁の此方側に出ているのは、その舳先から1/3くらいで、ここが今回の決戦場になる。
『お待たせ!敵合流まで約100m。思ったより速いから、みんな準備を始めて!』
目の前の船首では呪弓を構えるサナと、その側に控えるミツキがいるが、今回の初撃は持ち場がバラバラなので、あえて念話で語りかける。
『わかりました!』
『わかったにゃー!』
サオリさんとチャチャからは返事があったが、サナとミツキは視線だけを合わせて小さく頷き、早速魔法の準備を始める。
初撃の要は、サオリさんとサナだ。
まずは一方的な攻撃で削っておきたい。
サオリさんの現在地は、広場から井戸側へと伸びる水路を20mほど入ったところのど真ん中だ。
そこで薙刀を縦に構え、精神を集中している。
『見えました、来ます!』
緊張したサオリさんの念話が届く。
『こっちも準備OKッス。』
集中しているサナの代わりにミツキからの念話が届く。
ここまであの巨体が近づくと、サオリさんのいる水路から水が溢れるように広場に入って来て、ときおり壁や天井にその身体がぶつかるのか、迷宮自体からも振動が伝わる。
メニューのマップによると、距離にしてあと30m。
そろそろだ。
『いきます!【金剛結界】!!』
『こっちも!!』
サオリさんとサナからの念話は、ほぼ同時だった。
目の前に迫りくるトレーラー以上のスピードと巨体、そして恐怖に臆することなく発動されたサオリさんの2枚の【金剛結界】は、迷宮の天井へとサメのその巨体を誘導すべく、スロープ状に形成され、その2枚の間からサオリさんの薙刀がカウンターとしてサメの腹部を捉える。
ギャリギャリギャリと薙刀と鮫肌がひしめき合う音が、この距離と水の上だというのに聞こえてきた。
そして金剛結界のスロープにより、天井へと誘導されたサメを待っていたのは、サナとミツキによる同期魔法と同調魔法の複合術式による中級範囲土魔法。
のこぎり状に先端をサメ側に向けた石筍が、この広場までの水路の天井一面に現れ、【金剛結界】のスロープによって、射出されるかのように変えられたサメの突進ベクトルを迎え撃つ。
こちらもガキンガキンガキンと大きな音と振動を立てながら、トリプルヘッド・シャークの体力を削っていく。
ここまでは予定どおりだが…
「ヤバいッスね。範囲魔法とはいえ、中級土魔法が力負けしてるッス。」
そうなのだ、腹部はサオリさんの持つ業物の薙刀とその腕前、そしてサメの突進に対するカウンターの効果も含めてか、ちゃんと斬れているのだが、天井から伸びた中級範囲土魔法の石筍は、打撃ダメージは与えているものの、刺さった様子は見当たらず、その表面には、ろくに傷がついていないのだ。
「単純に背中側の方が装甲が厚く、腹側は薄いのかも知れないわ。このまま予定どおりいくわよ!」
「了解ッス。」
「了解にゃーーーーー!」
腹と頭からの背中にかけての痛みに耐えるかのように、おおきな3つの頭を振りながらも広場に躍り出たトリプルヘッド・シャークは、その痛みを与えた相手、サオリさんに向けて方向を変えるために、船の直近まで身を寄せ、水深の浅さ故か、船の甲板からサメの3つの頭が見えるほどに身体を水上に上げながらもターンを試みる。
が、それは当然予測済みの行動で、これだけ目の前に身体を晒してくれたのは、むしろ予想以上だ。
次の攻撃へと移行しよう。
チャチャにゃー。
チャチャの出番はまだなのにゃー。
いちえねるぎぃ?を溜めてる?のにゃー。
よくわからにゃいけど、当たると痛いやつにゃ。
次回、第六一一話 「鮫 vs 猫 with 兎」
迷わず真ん中の頭の鼻を狙うのにゃ!




