第六十話 「白雪姫」
ロマと別れた頃には夕飯時だったのでギルドのレストランで簡単な食事をトレイで貰うとそれを持ってラブホテルの部屋に戻る。
サナはまだ幸せそうな顔で寝ており、その寝顔を見ているだけで疲れが吹き飛ぶような気がする。
これが父性本能というものだろうか。
部屋に付属のガラステーブルにトレイを置き、起こさないようにそっと頭を撫で、部屋に付属のポットでお湯を沸かし、お茶の用意をしながら買ってきた料理を並べ直す。
メインはサンドイッチで今回はローストビーフではなく例えるならハムタマゴサンドだ。
パンもフランスパンのような堅いものではなく、食パンのようなパンで挟んでおり見た目もちゃんとハムタマゴサンドに見える。
それから鳥の炒め物を一皿。
これはネギに似た野菜と小さな赤い木の実が一緒に炒めてある。
サラダは品切れだったので代わりにザワークラウト風の漬物を買ってきた。
食事の準備が出来たのでベッドに戻りサナに声をかける。
「おーいお姫様、お食事の時間だぞー。」
一瞬サナの目が開いたようだったが、すぐ仰向けに寝直すと両手の指を胸の上で組み直し、また目を閉じた。
白雪姫のワンシーンっぽい恰好だ。
こっちの世界にも似たような話があるのだろうか?
桜色の唇が誘っているかのように見える。
サナは色白というか肌関係は全体的に色素が薄い。
その唇にそっと口づけると、サナはニヤケ顔を噛み潰しながら「おはようございます、お父さん。」と目を覚ました。
対応に満足いただけたらしいが照れてもいるらしい。
サナは勢いで何か言った後とかやった後に照れる傾向があるな。
「晩御飯の時間だから一緒に食べよう。」
「はい!ありがとうございます。お父さん!」
勝手に用意してしまったのでまた自虐的になるかと思ったが、前向きに御礼をいってくれるようになったのは良いことだ。
「美味しそう。食べ物の匂いを嗅いだらお腹空いてきました。」
「炒め物が冷めないうちに食べてしまおう。」
「はい!」
「「いただきます」」
ハムタマゴサンドは、やっぱり少しパンが硬めなのとハムの塩気が少し強いものの逆に薄味の卵とバランスが取れていてなかなか悪くない。
鳥の炒め物はこれビールが飲みたくなる味だな。
「美味しい!あたし卵と鶏肉好きなんです。」
「そうか、それは良かった。」
夜市や朝市で注文していたからそうじゃないかと思ってたがやっぱり好物だったか。
そう思いながら漬物も摘まむと思ったより酸味も強すぎなく食べやすい。
これ、ハムサンドの挟まっているハムと一緒に食べると合いそうだな。
我慢できなくてラブホテル内の冷蔵庫からビールを取り出すと「なんですかそれ?」とサナが物珍しそうに覗き込んでくる。
「お父さんの世界のお酒だよ。」
「お酒!」
サナは部屋をキョロキョロと見まわすと戸棚からガラスコップを持って来て私の前に置く。
「お父さん、お酒注がさせて。」
思わず笑みが漏れてしまう。
サナは私が喜んだことは必ず覚えていてくれる。
ビール缶のプルトップを空けて手渡すとサナはそういう仕組みなんですかーと、もの珍しそうにしながらそれを受け取ると、お酌をする姿勢をとったのでコップで受ける。
おそるおそる注いでくれるサナのビールをコップで調整しながら、その様子を楽しむ。
「サナも飲んでみるかい?」
「一口味見してもいいですか?」
興味津々らしいので先にコップを渡し味見をしてもらった。
「苦いです。」
チビリと飲んだサナのお口にはあまり合わなかったようだ。
あらためてビールが入ったコップと紅茶が入ったカップで乾杯する。
この世界に来て初めてのビールはスルスルと喉に落ちていき、あっという間にコップが空いてしまった。
美味い。そう思っているとサナが次の一杯を注いでくれる。
鳥の炒め物を一口食べて、またコップを傾ける。
「やっぱりサナの注いでくれたお酒は美味しいな。」
「えへへ。それにしても冷たいお酒って珍しいですね。」
魔法でなんとかなりそうなイメージもあるが、冷たいものは高級品なのか、そもそも冷たい飲み物を飲むという習慣がないのか。
値段は高かったが夜市にも氷入りの飲み物はあったし前者なのだろう。
そんな事を考えながらサナの勧めもあってクイクイとグラスを傾ける。
「なくなっちゃいました。」
サナが空き缶を振る。
さすがにペースが速いとも思いながらも、ビールならあと1缶くらいは冷蔵庫にあったと思い冷蔵庫に取りに行くとサナも着いて来たのでついでに使い方を教えておく。
あとついでに電気ポットの使い方も。
冷蔵庫にはオレンジジュースがあったのでサナの分のグラスも用意し、注ぎあいながら夕食を楽しんだ。
「そういえばお父さんは今晩ロマさんとお仕事だからサナは先に寝ていて。」
「お仕事?何時からですか?」
「日が変わる頃からだから、その前に出るよ。」
「あたしも…いや、駄目ですね。分かりました。大人しく待ってます。」
サナも発情期中の匂いが同族を興奮させてしまうことを理解しているようだ。
「冷蔵庫もそうだけど部屋の中にあるものは勝手に使っていいからね。」
「危ないお仕事じゃないんですよね?」
サナは恐る恐る聞いて来る。
「迷宮で危なくない仕事なんてないさ。」
そういってグラスの最後の一口を空ける。
ロマは信用できてもギルド長はどうか分からない。
公社もそうだし、王族・貴族側はもとより私たちにとっては敵側だ。
もちろん、その敵側に売られる可能性だって捨てきれない。
上手くいけばサナも、そして淫魔としての私も安全圏に入れるが、最悪の場合、殺し合いだ。
「お父さん、ちゃんと帰ってきますよね?」
向かいに座ってたサナが横に来て心配そうに私の膝に手を置く。
「大丈夫だよ。」
殺し合いとなれば帰ってこれる保証はない。
だが、もうこの温もりを離したくはない。
絶対に帰ってくる。




