第五九三話 「井戸とスロープ」
「迷宮への出入りは、こちらの井戸か、あちらのスロープを使います。」
つぶらな瞳が印象的な、丸顔でぽっちゃり型のお姉さんが、大きめなリアクションで迷宮について説明してくれている。
角も無ければ耳も尻尾もパッと見ではあるかどうかすら分からないが、なんの種族だろうか?
なんとなく雰囲気的にアザラシっぽい気はするが、トドというほどには太っていない。
『一の地の宮』を後にして、再び探索者ギルドから迷宮の出入り口の前まで来たのだが、他の迷宮にくらべて各所に説明員が多いような気がする。
それだけ危険な場所ということなのだろうか?
アザラシ姉さん(?)から説明のあった井戸は、一言に井戸といってはいるが、実際には直径10mほどの大穴で、それを8等分するかのように縄梯子が下に伸びている。
この梯子は1本おきに上り用と下り用に分かれてはいるのだが、普通、迷宮に入る時には、それぞれの縄梯子同士の間から飛び込むのだそうな。
この井戸は地下5階層までまっすぐ繋がっており、その途中で地下1階層から5階層まで、それぞれの階層に入れる横道がある作りになっているとのことだ。
そんな作りになっているものだから、たまにそれぞれの階層からモンスターが現れ、最悪、この表層まで来ることがあるので危ない分には危ないらしいのだが、スロープの方で迷宮に潜るよりも距離的にも時間的にもショートカット出来るので利用者は多いようだ。
あと『遊泳の加護』の初心者が、初めてこの迷宮に入るにも、スロープよりは井戸の方がオススメらしい。
と、いうのも、『遊泳の加護』は全身が水に浸かっていないと効果が発揮しないので、スロープだとゆっくりと水の中へと入っていくため、まだ頭のてっぺんや髪の毛が水上にあるのに水の中で呼吸をしようとして溺れそうになる。という事が初心者にはよくあるらしい。
十分に息を吐いて、縄梯子で確実に深いところまで降り、そこで初めて地上のように息を吸おうとすると、スムーズに『遊泳の加護』の効果を感じやすいのだそうな。
この際、肺に空気が残りすぎていると、逆に身体が混乱しやすいので、最初は息を吐ききるのがコツだと、アザラシ姉さんが重ねて教えてくれた。
『遊泳の加護』の効果に慣れれば、肺の中に十分に空気があっても問題なく水中呼吸に移行できるようになり、そうなると、一気に井戸の中に飛び込み、『遊泳の加護』の効果でそのまま落下していって、目的の階層の近くまでそのまま落ちていき、目的地より少し早めに水を意識すれば今度は水中を泳げるようになるので、泳いで各階層の入り口まで横移動をする。ということが出来るようになるらしい。
下に落ち過ぎたり、モンスターが現れたときも泳いで移動することになるが、飛び込みが初めてのうちはその際に浮力を稼ぐために大きく息を吸った状態で飛び込むと良いそうだ。
そういう性質上、金属製の鎧を使った装備の探索者は先程の縄梯子かスロープの方を使うのがセオリーらしい。
ゴールドクラスまでくると、逆に一気に沈むために金属鎧を好むパーティーもいるそうだ。
アザラシ姉さん曰く、後のお手入れが大変なんですけどね?とのことだが。
てっきり、なんだかんだいって泳ぐ事が前提になると思って、武器以外は全身革装備にして来たのだが、とりあえず初心者としては正解だったらしい。
泳げる装備で移動して、目標の階層についたら装備を変えるというパターンでも良さそうだな。
どうせ淫魔法【コスチュームプレイ】で出すだけだから。
迷宮からの帰り道に戦利品が多い状態の時に表層まで井戸を使うと、途中でモンスターが現れたり、上から沈み損ねた探索者が降ってきたりして事故を起こすことがあるので、なるべく帰り道は井戸以外で各階層を上がって行き、スロープから表層に出ることを推奨しているらしい。
ただ、実際には地下2階層か1階層までは井戸の縄梯子を上がって、その階層からスロープによる出口に向かう人が、ほとんどだそうな。
『遊泳の加護』には効果時間があるので、なるべく帰り道に時間を使いたくないだろうから、そりゃそうだろうな。
「それじゃ、私から潜ってみるよ。」
「お父さん、がんばって!」
「お手本、よろしくッスー!」
「うにゃぁ、底が見えないのにゃぁ…。」
「チャチャちゃん、もう少し動かないで。」
最後のサオリさんは、チャチャの長い金髪が邪魔にならないように、2つのお団子ヘアーに結い直している最中だったようだ。
サオリさん本人は既に編み込んだ感じのみつあみで、コンパクトに髪を纏めてある。
娘たちの声援を受けながら、縄梯子を使って井戸に降りていく。
迷宮の水に浸かった足に、まるで穴が空いた長靴を履いていたかのように水が染み込んでいくのが、正直ちょっと気持ち悪い。
やがて腰まで浸かり、胸まで浸かり、そして首まで。
いよいよここからが本番だ。
アザラシ姉さんのアドバイスを元に一気に息を吐ききり、肺から空気を追い出し、そのまま勢いよく縄梯子を降りていく。
ついつい目をつぶって降りる、いや潜ってしまうのはしょうがない。
十分に縄梯子を降りて、両手の指先までも、たっぷりと水に浸かった状態になって、やっと目をあけ、表層にいる、みんなの方を見つめた。
チャチャにゃ!
ととさん、すごいにゃぁ、あっというまに水の中にゃぁ。
あ、こっち見たにゃ。
大丈夫なのかにゃ?
次回、第五九四話 「遊泳の加護」
え?チャチャは4番目にゃ?




