第五九○話 「チャチャとパンケーキ」
「もっと豪華なもの選んでもいいのに。」
「すごい豪華にゃよ?」
チャチャの、というか、三人娘の前に並んでいるのは、二段重ねのパンケーキの上に四角く切ったバター。
そしてその上からたっぷりと蜂蜜をかけた、私みたいなおっさんから見れば、ザ・ホットケーキという感じのシンプルなものだった。
まあ、チャチャからすれば蜂蜜は十分豪華な部類の食べ物なのだろうけども、せっかく来たんだから、もっと良いものを食べればいいのに。と、思ってしまう。
斜向いのテーブル席の犬人族だか狼人族だかの娘が食べている、たっぷりのクリームがかかったその上にスライスしたイチゴが花びらのように乗っていて、垂れたイチゴソースも含めて花が咲いたかのような印象をうける映えそうなパンケーキとか、いかにもこの店のオススメっぽいやつとかさ?
「アタシがそうだったんスけど…」
そんな事を考えているのを察したのか、ミツキが話し始めた。
「アタシ達の生活って、サナちーが作ってくれたり、パパがこうして食べに連れて行ってくれたりするせいで、普通に比べて、すっごい食生活が充実して豪華なんスよ。」
うん、確かにそうだ。
元の世界で一人暮らししていた時と比べたってそうだと思う。
この世界の食べ物は元の世界ほど洗練はされていないが、その分、パワーがあるというか、個性が強く、いつもその味に驚かさえる。
オシャレな食生活をおくって繊細な味が好みな人にはまるで向かないとは思うが、私みたいに田舎育ちで荒削りでも素材の味を好むタイプには、そう悪くない食生活なのだ。
「だから、毎日が今までで一番最高に美味しくて一番幸せー。みたいになるんス。」
「うにゃうにゃ。」
ミツキの言葉にチャチャが深く頷いている。
「でも、これって、一番最高までの間が勿体なくないッスか?」
「え?」
今度はサオリさんが首を傾げている。
「一番最高を食べた後に、三番目くらいのを食べても、一番目ほどは幸せになれないじゃないッスか。
でも、三番目を食べた後に一番目を食べたら、2回も一番最高に美味しくて一番幸せーってなれるんスよ?」
「2回もなんて凄いにゃ!」
なんとなく貧乏くさいような気もしないでもないが、ミツキのいいたいことは何となくわかった。
「今回のお父さんのお仕事も、エグザルの街の時みたいに、また何日かかかるだろうから、その間にもまた食べにこれる機会があると思うんです。
だから、今回は、これくらいでチーちゃんに、まずは一回目の一番幸せーを味わってもらおうって、ミツキちゃんと相談したんですよ。」
なるほど。
たしかに診察と治療のお仕事はサナのいうとおりだし、実際エグザルのパンケーキ屋にも何回か行っている。
であれば、効率的にこれを楽しもう。という訳だ。
パンケーキ屋を食生活というより、遊園地みたいなアトラクションと考えれば、なんとなく理解できる。
「それじゃ、また来ないとだね。それはそうと、温かいうちに食べた方がいいんじゃないか?」
説明をしてくれるのはありがたいが、よだれを垂らさんばかりのチャチャを見ているのは忍びない。あ、垂れた。
「そうッスね。」
「はい。」
「うにゃ!」
「いただきましょうか?」
「それじゃ、「「「「いただきます。」」」」」
▽▽▽▽▽
「一番最高に美味しくて、一番幸せーにゃー。」
自分の唇を舌で舐めながら、両手でお腹をさするチャチャ。
基本的に安上がりなのはチャチャの美徳だな。
「普通に美味しかったね?」
「なんスかね?粉がいいのか、口当たりが滑らかだったッス。」
「蜂蜜もいい香りのものでした。」
サナもミツキもサオリさんからも好評だったパンケーキは確かに美味しかった。
私の感覚からすると、懐かしい味。という感じもするが、確かに蜂蜜の質は元の世界よりも良かったような気がする。
「うん、美味しかった。チャチャ、いいかい?
次来た時は、もっと美味しいパンケーキが出てくるだよ?」
「うにゃ?!そんなの想像できないにゃー。」
チャチャの驚いた顔に皆が笑顔になる。
っていうか、近くで別のお客さんの注文を取っている馬人族のウエイトレスさんまで笑ってる。
うん、幸せというのも、こんなもので良いのかもしれない。
小さな幸せからコツコツと、一番幸せを味わっていこう。
サナです。
ぱんけーき美味しかったー。
ミツキちゃんやお母さんのいうとおり、エグザルのお店のより、小麦粉の質が良いんだと思います。
市場が近いせいでしょうか?
次回、第五九一話 「診察と見積」
いいなー、市場。
あそこもう一度入れないかなー?




