第五八八話 「娼館ギルド」
「で、主らと、昨日のレインとかいう女との関係は、どうなんじゃ?」
娼館ギルドのギルドマスターは開口一番、そんな事を聞いてきた。
応接椅子からはみ出した竜人族独特の鱗のある尻尾がピシピシと動いている。
前回来た時の口ぶりからすると、ギルドマスターは本来言葉の駆け引きを楽しむタイプだと思っていたのだが、逆にその時、こちらが単刀直入な話を好むと感じ、今回はそっちに合わせて来たのかもしれない。
「レインさんは、わたしの娘、サナの命の恩人で、今でもたまに付き合いがあるのですが、彼女が昨日こちらで何か?」
私の隣に膝を揃えて座っていたサオリさんが堂々とそう答える。
嘘をつくことなく、そして間接的に『金剛鬼』の孫の命の恩人だと圧力をかけつつ、相手の様子を伺う一言。
【交渉】スキル持ちの元族長らしい堂々とした態度だ。
いつもの餅と風呂に弱い女性と同一人物とはとても思えないキリリとした表情をしている。
ちなみにこの娼館兼娼館ギルドの応接室に来ているのは私とサオリさんの二人だけだ。
朝食のおでん蕎麦を皆で食べた後、残りの三人娘はチャチャの食器を買いに行きたいというので、お小遣いを与え、別行動をして貰っている。
当初はこの娼館ギルドに行くのも私一人でも良いかな?と思っていたのだが、やはり圧力をかけてくれるサオリさんのような人がいると、かなり気分が楽だ。
カレルラとタイマンで交渉の時は大変だったからなぁ…。
「いいや、こちらには何も。
ふむ、深く聞かない方が良さそうじゃな。
ま、ここに来たからには、少なくてもお主らの中では、けりがついたのじゃろう?
それなら早速見返りの話といこうぞ。」
ギルドマスターの方はギルドマスターの方で、私達には聞かないが調べないとは言ってない。という感じの返事をした後、付け込まれないように話を変え、自分側に有利な展開へと持っていこうとしている。
やだ怖いこの人達。
「前に主らが来た時には、うちの直営店の娼婦全員の診察と治療をするのが見返りと言っておったが、その前にまずは単価が聞きたいところじゃのう。」
「単価、ですか?」
「そうじゃ単価じゃ。多すぎる見返りは逆に貸しをつくることになろう?『金剛鬼』の紐付きとあれば、味方も多ければ敵も多い。
と、なれば、見返りはほどほどでなくてはいかん。」
「カレルラに付け入られる隙きになっても業腹じゃしな。」と、付け加え、ギルドマスターは応接机を指でトントンと叩いている。
遠回しにカレルラの所と同じ相場でやれ。と言われているように感じるが、かといって、主治医として契約しているカレルラのところとまったく同じ金額というのも、それはそれで付け込まれそうだ。
それがギルドマスターからか、カレルラからかは別として。
「そうですね、診察料と治療費込みで命にかかわるような重症なら金貨1枚、そうでなければ大銀貨5枚といったところでしょうか?」
ここは外部から患者を呼んだときの治療費としてカレルラが娼婦のお姉さん方に提示した金額を示して、カレルラの顔を立てておく。
「治療が必要なかった場合、つまり診察だけで済んだ場合はどうするのじゃ?」
「その時は、大銀貨1枚としますが、お金を惜しんで診察自体を受けない。ということはお勧めできないので、全員、診ることを前提として、その分はサービス、いえ、見返りの一部として最初に引いていただければと思います。」
「ふむ。」
また応接机を指でトントンと叩きながらギルドマスターが目を瞑って何か考えている。
ひょっとしたら具体的に頭の中で計算をしているのかも知れない。
「よかろう、ならまずは診察じゃ。その後は治療費の見積もりと相談とすることにしよう。
見返りとして多ければこちらが追加で払うし、足りなければ外部の娼婦を診てもらうことで相殺するとしようぞ。」
「それで結構です。」
具体的な総額については、ぼやかしたままだが、ここを明らかにしてしまうとまた貸し借りの話になってしまう。
基本的に身体だけで返せる情報料なので、ここいら辺りが落とし所だろう。
サオリさんも横でホッとした顔をしている。
だが…
「ですが、追加の情報として一つ、教えていただきたい事があります。」
「なんじゃ?まだなんかあるのかー?」
この人はリラックスしている時は語尾を伸ばす癖でもあるのだろうか?
そんなどうでもいいことを一瞬考えながら、
「昨日、レインさんは、ここではない何処かで何をしたんですか?」
そうギルドマスターに問いかけた。
サオリです。
相手の言い値のような状態ではありますが、お金で清算しないのは良い落とし所のような気がします。
それが大きくても小さくても色々な所に影響しそうですしね。
次回、第五八九話 「チャチャの茶碗」
レン君、これから早速診察に入るのかしら?