第五八一話 「三匹が切らない」
「戦略的撤退といえば聞こえがいいだろうけど、アンタこんなたくさんの仲間が見てる前で逃げ出すつもり?」
ミツキに続いて一階に飛び降り、槍を肩に担ぎながらエディに歩み寄った。
私のいったとおり、一階は怪我人だらけとはいえ、エディを兄貴と呼んでいたチンピラ達が私達を見ている。
「私と一対一で勝負しましょう。
貴方が勝っても、他の二人には手を出させないし、違法奴隷売買の事も私たちは誰にもチクらずに大人しく帰る。」
エディを指差しながらそう提案する。
「…お前が勝ったら?」
「その時も一緒よ。私がスッキリすること意外は何も変わらない。
…そうね。」
真意を探るようなエディにそう返すと共に持っているエディの足元に突き刺さるように槍を投げる。
「私は素手でもいいわ。なんなら貴方はその槍を使ったっていい。
これくらいのハンデがあっても闘えないのかし?『剛拳のエディ』さん?」
「小娘め!人を舐めるのもいいかげんにしろ!」
こめかみに血管を浮かべ、サオリさんに切り裂かれて肩にひっかかっているだけになっていた胸甲を服ごと床に投げ捨て、両手を構えるエディ。
激高したような表情とは裏腹に、顎の下に拳を構えるピーカーブースタイルだ。
私とエディとの身長差は約30センチ。
身長差的にも体格差的にもエディが注意すべきは下からの攻撃、特に顎だ。
アッパーはもちろん、かすった拍子に脳震盪。なんてことも無いわけじゃない。
そういう意味では冷静に構えを取っているといえるだろう。
「やっとやる気になったの?
あ、そうだ!もう一つハンデをあげる。
貴方のその暴れん坊にも攻撃はしないわ。だって汚そうだもの。」
両手の人差し指でエディの股間を指差し、更に煽った後、こちらも身軽になるために胸甲を外そうかと思ったが、おっぱいがフリーになりすぎて逆に動きづらそうなので、やめてそのまま構えを取る。
こちらはエディと逆で警戒するのは打ち下ろしの攻撃。
特に両目の周辺だ。
脇を締めた状態で左手を眉の上で構え、身体を大きく半身に開き、その身体の陰に右手を隠す。
比較的近いのは居合の構えかな?
上げた左手だけが相手に近い。
そんな構えを取った瞬間、怒りの限界を迎えたのかエディが動いた。
牽制の右ジャブが私の左手を掠めるように動いたかと思うと、大きく踏み込み、深く身を屈めてアッパー気味のフック、いわゆるスマッシュで私のみぞおちを狙ってくる。
上に意識を振った上での奇襲気味のボディ攻撃。
そのままワンツーと顔面を狙って打ち下ろしてくるかと思ったが、まずは私の足を止めるつもりなのかもしれない。
淫スキル【マゾヒスト】の危険感知と【回避】スキルの助けを借りながらもスウェーで躱し、スマッシュで大きく開いたエディの脇からサオリさんの切り裂いた傷に沿って【格闘】スキルを使っての右手の二本貫手による【双突】。
スウェー中の腰の入ってない手打ちの2撃なのでダメージはほぼ無いだろう。
そのままスマッシュの軌道で目の前を掠めていくエディの左腕を肘の内側にぶら下がるように左腕でクロスして、相手の体勢を下げさせ、右手の中指をエディの鼻に乗せてスライドさせるような形での右手人差し指と薬指による目潰し。
「ぐぁ!」
「あら、こっちの玉も手加減してあげたほうがよかったかしら?」
咄嗟に頭を引いて目は潰れなかったものの、しかめ面をしながら大きく離れ、こちらを睨むエディ。
うん、予想以上に強い。
淫スキル【性病検査】でのエディの鑑定結果はスキル【格闘】、【回避】ともにランク3。
レベル28でこの域に達しているとは驚きだ。
ランク4になってからまだスキルを振ってないので、私も両方とも同じランクだ。
とはいえ、能力値的な差異はかなりあるし、何より種族スキル【フェロモン】と【テクニシャン】が乗る上に、エディがほぼ上半身裸な所に素手で攻撃しているもんだから【性技】も乗る。
そうそう負けるような状態ではないし、『状況はこれからもっと良くなっていくはず』だ。
「ふん!目突きは少し驚いたが、何のダメージにもなってないぞ?いつまでその大口が叩いてられるかな?」
改めてピーカーブースタイルで身体を左右に振りながら向かってくるエディ。
そのガードしている両腕にはミツキが投げナイフで開けた穴が3つある。
そこを狙っての左右での二本貫手。
スキル全部乗せで命中はするものの、ほとんどダメージにはならずエディの突進も止まらない。
だが、これで6発。いや、ミツキのも入れて12発か。
目に見えて効果が出てくるのはこれからかな?
チャチャにゃー。
ねねさん、こうでいいのにゃ?あってるにゃ?
あってたにゃ!
うんうん、この本、面白いにゃ!
次回、第五八二話 「ノーダメージ」
ととさんたち、早く帰ってこないかにゃー。




