第五七三話 「海の宮」
「それでは、わたし達は馬車の方へ。」
「アタシとパパはこのまま部屋からトルイリの図書館行きッスね。」
トラージの街の探索者ギルドの簡易宿泊所にチェックイン後、サオリさん、サナ、チャチャの3人と別れ、淫魔法【ラブホテル】経由でトルイリの街へと移動してきた。
「ミツキ、ありがとね。」
「ん?なんスか?」
「チャチャの勉強のことだよ。言葉の種類まで頭が回ってなかった。」
「あー、それッスか。いいんスよ、アタシにとってもチーちゃんは大事な妹ちゃんなんスから、世話を見るのは当然ッス!」
そういいながらミツキが抱きつくような勢いで腕を絡めてくる。
「だからお礼よりは褒めてくれたほうが嬉しいッスよー?」
下から覗き込むように小首を傾げるミツキ。
ご期待通りに空いているほうの手でわしゃわしゃと撫でてやる。
「語学関係はうちらの中ではミツキが一番だからね、頼りにしてるよ。」
「まぁ、アタシの場合、南部訛りがあるッスから、話す方はあんまり良い先生にはならないんスけどね。」
そんなような話をしながら、図書館行きの束の間、ミツキとのデートを楽しんだ。
▽▽▽▽▽
「あれ、御宮だったのにゃー。」
チャチャが目の上に両手をかざして高台の岬に建っている塔と目の前に広がる社を見比べている。
「ちーちゃん、あっちにもあるよ?」
サナが指差した方を見ると海岸へと降りていく階段の下にも海に面した社がある。
厳島神社みたいな雰囲気だな。
上から順に天父神様の社、地母神様の社、海母神様の社なんだそうな。
どれも多くの亜人族で賑わっており、まるで観光地みたいだ。
などと思っていたが、実際のところ、それほど間違っていないらしい。
ウシトラ温泉街で身を清めてトラージの街の御宮参り。
あるいは御宮参りの帰りに温泉街で湯治などは、わりとポピュラーな旅なのだそうで、サオリさん達もサナが攫われなかったら同じようなルートを辿る予定だったとのことだ。
ちなみに先程の海岸にある社は海の中を通って『海の宮』と呼ばれる宮殿に繋がっており、そこには通称『乙姫』と呼ばれ親しまれている竜人族の女王が暮らしているとのことだ。
アサーキ共和国は共和制なのに女王がいるんだな。
翻訳の関係で共和国という呼び方に聞こえるだけで、実際には違う政治体系なのかもしれない。
その辺りをサオリさんに聞いてみたところ、実際には亜人族の各種族の族長が集まっての合議制で、その取りまとめをするのが乙姫様なのだそうな。
女王というより議長だな。
乙姫様はアサーキ共和国の女王という意味じゃなくて、議長をしている竜人族の女王の通称が乙姫様なのか。
元々は昔、人族と亜人族が争っていた時代に、人族に対抗するため亜人族同士で一致団結して人族の国っぽい形をつくっただけなので、あまり厳密な政治体制でもないらしい。
ちなみにサオリさんは白鬼族の族長就任後、すぐに族長を辞めてサナを探しに出たため、その合議とやらには参加したことはないのだそうな。
里で族長になる儀式は済ませたが、対外へのお披露目をする前に辞めたので、アサーキ共和国内ではサオリさんは元族長という扱いではないとのことだ。
ややこしいが、サオリさんがほとんど白鬼族の元族長という権威を使わないのは、これが理由なのだろう。
「パパ、あの塔、登ってもいいらしいッスよ?」
「最上階までは駄目ですけど、ほらあそこ、あの展望階まではお布施を納めれば登らせて貰えますよ。」
サオリさんが塔を指差しながらそう説明してくれる。
なるほど、よく見たら塔の上の方にぐるりと張り出したスペースがあり、いかにも眺めが良さそうだ。
「せっかくだから登ってみようか?」
「え?いいんですか?」
「にゃ?」
なぜかシンクロしたように同時に首をかしげるサナとチャチャ。
サナあたりは、まだお参りもしてないし、この後、図書館も行く予定なのに時間は大丈夫なのだろうか?とか、心配しているのかもしれない。
「少しくらいの時間なら大丈夫だろ、チャチャがうちの子になった記念に登って行こう。」
「いいッスね!」
「うふふ、そうですね。」
賛成も得られたことだし、ちょっと良い景色でも見に行ってくるか。
チャチャにゃ!
あのとんがったの、天父神様の御宮だったのにゃぁ。
知らなかったにゃぁ。
チャチャ、ととさん達と会うまで、ほとんど町から出たことないからにゃぁ。
次回、第五七四話 「トラージの景色」
よく見たら、人族の人たちもお参りに来てるみたいにゃね?




