第五六八話 「ぱたあめ」
「お客さん、このお店は初めて?」
脱がした上着をハンガーにかけながらベルタはそう話しかけてくる。
元々客商売をしていたせいか、表情も話し声も慣れたものでこちらの緊張をほぐすかのように軽快な調子だ。
まぁ、抑えているのは緊張では無く怒りなわけだが。
ベルタの働いている娼館は、淫魔法【夜遊び情報誌】を使うと簡単に見つけることができた。
流石本来の使い方 (?)だ。
想定してなかったのだが、源氏名を使っていようが問答無用で検索が可能だったのはラッキーといえるだろう。
「ええ、初めてですよ。ベルタさん。」
その言葉に笑顔を浮かべていたベルタの顔が一瞬引きつる。
それもそのはず、この店での彼女の名前はアマンダだ。
「…もしかして、どこかの店で会ったことある?」
怪訝そうな顔でこちらを睨むベルタ。
なんとなく、「またかよ。」みたいな事を考えているような雰囲気がある。
ひよっとしてギルド食堂や酒場で働いている時の客が彼女が娼館で働いているのを嗅ぎつけて訪れることもあるのかもしれない。
だが、そんな事はどうでもいい。
「いいえ、貴女とは初対面です。ですが、貴女のことはよく知ってますよ。」
私の言葉にベルタの金髪のポニーテールが揺れる。
年は25歳、サオリさんより年下だが白人族なせいもあってか年齢より老けて見える。
イタリア人っぽい名前のわりにはアメリカ人みたいな雰囲気の女性だ。
「あんた、子どもを売ったね?」
「?!」
警戒していたベルタの表情が驚愕に、そして恐れに変わる。
そりゃそうだ、普通に考えてたら未成年の児童の販売を取り締まりにきた役人が来たようにしか思えないだろう。
「な、なんのことだか…。」
「2周間ほど前、義理の娘であるチャチャをカルツ、あるいはダルラという奴隷商に売っただろう?」
そう追い詰めながらベッドにどっかと座る。
真っ青な顔をしながら私の上着を抱きしめながら脂汗を流すベルタ。
嫌な臭いが移りそうだからやめて欲しい。
「旦那…いえ、元旦那が、その……売りました。」
逃げ切れないと観念したのか、ぽつぽつと口を開くベルタ。
「わ、わたしは反対しました!でも、元旦那のエディが無理やり…」
「嘘だね。あんた、チャチャを疎ましく思っていただろう。生活が落ちぶれたのも、いや、それ以前に夫から愛情を猫人族に奪われたと思った。違うかい?」
「それは、その…」
ふむ。
「その様子だと賛成はしなかった。だが、反対もしなかった。と、いったところか。
チャチャがいなくなれば、実の親子だけでストレスの無い新しい生活が始まるとでも思ったか。」
ベルタは唇を噛み締めたまま答えない。
どうやら図星だったようだ。
「それが蓋を開けてみたら、あんたはこんな生活だ。
自分の子どもだけは売られないとどうして思えた?
それを許したらチャチャと同じように我が子も売られると一瞬でも考えなかったのか?」
そういいながらメニューのアイテム欄からチャチャのバター飴の袋を出し、テーブルの上に乗せると、ベルタは静かにそれを目で追った。
「これはな、故郷に帰してやるといったら、チャチャが自分が働いた金で買った『おみやげ』だ。
妹たちがきっと喜んでくれると、父親はわからないが母親は妹たちが喜んだらきっと母親自身も喜んでくれるはずだといって大事に抱え込んでいたものだ。」
「これを、…チャチャが?娘たちのために?」
話を聞いていたベルタの顔が、初めて後悔の色を浮かべる。
「……娘たちは、あれだけ姉と呼ぶなといっているのに、お姉ちゃんはどこへいった?と、帰ってこないのか?と寂しがって……わたしも、独りでこんな所で働きながらじゃ娘たちの面倒を見るのは難しくて……寂しい思いもさせて……」
そういいながら、しゃがんでテーブルの上のバター飴に手を伸ばすベルタ。
「触るな!!」
自分で思っているほど感情を制御出来ていなかったようで、思ったより大きな声が出てしまった。
「それはあんたらが捨てたもの、チャチャの心だ。捨てた以上、触ることは許さん。」
そういいながらバター飴の袋をテーブルの上から引き上げると、テーブルに伸ばした手を膠着させたまま、ベルタが泣き崩れる。
「ごめんなさい、チャチャ。ごめんなさい…、わたしが悪かった、酷いことを、許されないことを……」
両手で顔を覆うようにして、そう泣き続けるベルタだった。
サナです。
お父さん、ちーちゃんのお母さんに会いにいってくるって。
あたし達も行きたかったけど、場所が場所なのと、ちーちゃんが起きた時にあたし達がいなかったら寂しがるだろうからって。
次回、第五六九話 「チャチャ」
お父さん、また一つ勘違いしてる。
ちーちゃんは、お父さんがいなくても寂しがると思うよ?




