第五五八話 「トラージの街」
出発前の一手間のおかげか、トラージの街までの街道は獣も野盗も近寄らず、順調に進んでいった。
マップを確認しても付近には襲ってくるような動物はおらず、マユコ=カタギリが追ってきている様子もない。
契りの指輪の位置で彼女の居場所を確認すると、距離と方向的にはまだラルの町にいるようだ。
てっきり報告のためネローネ帝国の方に戻るかと思っていたが、ひっとしたら仲間と待ち合わせをしているのかもしれない。
それはいいが今度は彼女クラスが3人揃って襲ってくる。というのは勘弁してもらいたい。
そんな事を考えているうちに、道中の2/3を過ぎたくらいのところにある池の畔で馬車団が休憩することになった。
一応、護衛として雇われている身なので、念の為の警備をかって出るが、私の身に万が一があると預けている荷物が取り出せなくなるので大人しくしててくれ。と、逆に止められてしまった。
逆にうちらのメンバーも馬車ではなく私の護衛として近くにいるようにしてもらいたいと頼まれてしまった。
理屈は分かるが、なんだか落ち着かないな。
専属護衛の人にその事を話すと、この辺りまで来ると平地で野盗も獣も隠れる場所も少ないし、街が近い分、シルバーの探索者がギルドの依頼としてそれらを定期的に掃討してるので、ほぼ安全なのだそうな。
そういうことならば、と安心して、今は池の近くにレジャーシートを敷いて昼食の準備をしている。
「おべんと、おべんと、うれしいにゃー。」
弁当の入った大きな包みを掲げながらチャチャがクルクルと回っている。
中身は朝食の後、みんなで握ったおにぎりと、サナの監修のもとチャチャとミツキが作った卵焼きと鶏のから揚げだ。
中身といいシチュエーションといいチャチャと大聖神国街の湖の近くで食べた昼食を思い起こさせる。
あれからほぼ1週間か。
あっという間だったように感じる。
「ととさん、あい。」
あの時と同じく楽しそうに自分が握ったおにぎりを手渡してくるチャチャ。」
「ありがとう、チャチャ。」
そういって片手でおにぎりを受け取り、反対の手でその頭を撫でる。
寂しく、なるな。
▽▽▽▽▽
ウルキの街は大小3本の川を中心とした街だったが、トラージの街はそれ以上の川の街、いや運河の街といってもいいだろう。
大小様々な大きさの川が街の中を流れており、それらはちゃんと整備され、船が日常の物流や人の運搬をも担っているように見える。
もちろん、運河だけではなく道路も石畳で整備されており、亜人族を中心とした人がたくさん行き交っているところを見ると、さすがアサーキ共和国の首都といったところだ。
「タツルギの街が十二新興街で一番亜人族の割合が高いって本で読んでたッスけど、トラージの街の方が多く見えるッスよね?」
馬車を降り、万引防止に荷台の側を歩きながらミツキがそんな風に感想を漏らしている。
「人族は2割くらい?」
「んー、もうちょっと少ないようにも見えるな。」
サナに問いにそんな風に答えつつも馬車は進み、大きな市場へと入っていった。
▽▽▽▽▽
市場の中は、人、物、物、人、物、人、物、物、といった感じで夕方前のこんな時間だというのに大変賑わっている。
市場といっても客層の雰囲気から見ると、一般用ではなく卸売市場のような感じに見えるが、おそらく私達のように外からの荷物が集まる時間で、それに合わせて海側からの荷物が運河を通って集まるのだろう。
荷が集まるのと同時に商人風の亜人族が群がり、声と手を上げつつ、指をあれこれ動かして取引を始めている。
あれは『手やり』だっけな?
何人もの商人が、まるでじゃんけんのように何度も指を変えながら手を振っているのは見ていて面白いのか、三人娘が真似をしながら笑っている。
「レンさん、うちらの荷物はここにお願いするよ。」
おっと、見ていないで荷物を出すお仕事をしなくては。
ミツキッス!
聞くと見るのは、いや読むと見るのはやっぱ違うッスねー。
ただ、確かこの街には人族の特区があるはずッスから、人族はそこに固まっているのかもしれないッス。
次回、第五五九話 「トラージ卸売市場」
それにしても市場に入るなりサナちーの目が輝いてるんスけど、やっぱり台所組の血が騒ぐんスかね?




