第五五○話 「ラルの町」
「おっきなおさかなにゃー。」
ステーキ皿というよりホットプレートを思わせる大きな鉄板の上には、半身の鮭がまるごと野菜の海の上に横たわり、ジュウジュウと音を立てている。
皮が焼ける匂いと味噌の香りが食欲をそそる。
「ちゃんちゃん焼きみたいだな。」
「チャチャ焼きにゃ?チャチャ焼かれちゃうにゃ?」
なぜか両耳を両手で隠し、首を竦ませるチャチャ。
「違う違う、『ちゃんちゃん焼き』、ととさんの住んでたところの料理がこれに似ているんだよ。」
そういいながら鉄板を指差す。
「お父さんのところって味噌料理が多いんですか?」
「どうだろ?いわれてみれば結構多いかもしれないな。」
前に味噌バターご飯の話をしたことを覚えていたのか、サナにそう聞かれるが、あまり考えたことが無い。
味噌といえば名古屋なイメージがあるが、鉄板の上で鮭と野菜を酒で溶いた味噌で焼く、この『鮭のちゃんちゃん焼き』や石狩鍋、味噌ラーメンや味噌おでんなんかも北海道名物と考えると、結構味噌料理も多いかもしれない。
「野菜も沢山だし、いい香りしてますね。」
「もう食べても大丈夫ッスかね?」
サオリさんやミツキも待ちきれない様子だ。
「遠くから来たのなら。」と宿屋の女将さんのオススメというので頼んでみたのだが、食べる前から見た目の豪快さで掴みはオッケーという感じだ。
実際にホットプレートのように鉄板が熱を発しているわけではないので、ちゃんと焼き上がっているものを持って来てくれているはず、冷める前にいただこう。
「それじゃ、「「「「いただきます。」」」」
▽▽▽▽▽
「はふはふはう、熱いッス、でも美味しいッス。」
「お味噌とお酒とお砂糖と、みりんも入ってるのかな?バターで焼いてあるんですね。」
「鮭にもお野菜にも合いますね。」
「うにゃぁ。」
最初のテンションのわりにはミツキ、サナ、サオリさんを尻目に手が伸びてないチャチャ。
「チー、どうしたの?お肉の方が良かった?」
「チャチャそんな贅沢いわないにゃ!あ、あのね、ととさん、チャチャ、どれくらい食べていいのにゃ?」
ああ、そういうことか。
最近チャチャは少しずつ遠慮しなくなってきてはいたが、それはあくまでも許されている範囲内。
食べ物でいえば配られている範囲内であり、促された範囲内のことだ。
こうして大きな鉄板の上の一つの物をつつきあうという状態のときに、どこまで許されているかが分からないのだ。
いや、許すもなにも好きなだけ食べていいのだが、そう思えるほど私達と出会う前のチャチャは食事を与えられていなかった様子なため、どこまでなら食べても怒られないだろうか?というような思考にまだ囚われているのだろう。
よく考えたら今まではサナが取り分けてやったりしてたっけな。
今日は私がまたいつものお誕生日席で、そこから時計回りにチャチャ、ミツキ。
向かいの席にいってサナ、サオリさんの順なので、珍しくサナとチャチャが斜めに座っていて遠い。
ここはちゃんと私が示してやったほうがチャチャも安心するだろう。
「そうだなぁ、今日は狼を追い払うのにチャチャは頑張ったから、ここからここまでの間で、好きなだけ食べていいよ。
その代わり、お魚だけじゃなく、ちゃんとお野菜も食べようね?」
「そんなには食べられないにゃぁ!?。でも、わかったにゃ!いただきにゃす!」
箸でチャチャの前から私の前の半分までをチャチャの陣地として示してやると、安心して納得したのか、ようやくチャチャは手を伸ばし始めた。
「はうはうはう、熱いにゃ、でも美味しいにゃ!」
「ミツキちゃんと同じこといってる。」
サナの声に私も含め一同が笑う。
笑顔と笑い声が絶えない食卓というのは、幸せなものだな。
▽▽▽▽▽
「こりゃまた綺麗に食べたねぇ。」
「美味しかったにゃぁ。」
「ごちそうさまでした。」
「美味しかったッス。」
鉄板を下げに来た女将さんに三人娘がそういって頭を下げる。
いや、チャチャだけはどっちかというとバンザイみたいなポーズだが。
「あらま、お粗末様でした。うーん、まだお腹に余裕はあるかい?これだけ綺麗に食べてくれたご褒美に甘いものでも出してやろうかい?」
「甘いものですか?」
意外とサオリさんの反応が一番早かったな。
チャチャにゃ!
おさかな美味しいにゃぁ!
もうちょとだけ食べてもいいかにゃ?
ととさんに聞いてみたら、好きなだけ食べていいよ、って笑ってるけど、本当に大丈夫かにゃ?
次回、第五五一話 「宿屋にて」
にゃぁ、美味しいにゃぁ、幸せにゃぁ。




